今日もまた
お友達と朝から夕方まで
ずーーーーーーーーーーっと
公園で遊んでいました。
子どもって・・・
どんだけ体力あるの・・・・![]()

今日一緒に遊んでくれた子は、
長男の同級生で
とても活発で、優しくて
うちのわんぱく長男と一緒に遊んでくれる
とても貴重な存在です。
その子のママが
今日、こんなことを教えてくれました。
うちの子、
発達相談をすすめられた、と。
どうやら、幼稚園で
集団行動をとるのが苦手だそう。
「みんなでやりましょう」という活動が
みんなと一緒にできない場面が
ちらほらあるみたい。
幼稚園の先生も
どんな風に言葉掛けをしたら
その子に伝わり、うまく行動ができるか
図りかねているようだ
とのことでした。
そのママは、
最初はその発達相談に対して
「病気だと決められちゃうのではないのか」
「なにかを突き付けられちゃうのではないか」
と不安に思い、
受け入れる気持ちにならなかったそうです。
でも、先生が、
「この子にとって、
どんなことをするのが得意で、
どんなことが苦手なのか、
を教えてくれるところだよ。
そして、その苦手に対して
どうやって支援したら、
その子がより生活しやすくなるかを
アドバイスしてもらえるよ」
と言ってくれたので、
それなら受けてみようかな、と前向きな気持ちで
相談することを決めたそうです。
そのママは、ずっと、
その子に対して
発達でひっかかるところがなにかありそうだな
とは感じていたそうです。
でも、
「この子はこういう子なんだ」と、
そういう考え方でこの先やっていけばいいんだ、
と、思っていたそうです。
だから、きっとたぶん
今までも周りの人に何か言われても、
「この子はこういう子。それでいいじゃない」
と思って、一人で戦ってきたんだろうと想像するのです。
そして、その考え方は
決して間違ってない。
とっても素晴らしいし、
大きな愛で子どもを包んであげている
そのママの人柄そのものだな、と思いました。
でも、今回、
周りからのアドバイスで
子どものことを、
家族以外の誰かに相談しようと
一歩踏み出したその勇気に、
わたしはとても感動
したし、
そのママと友達でいられることを誇らしく思いました![]()
うまく伝えられたか、わからないけれど、
わたしはこんなことを彼女に伝えました。
まず、
相談をすることで、
その子の苦手なことと
それに対する対応の仕方がわかると、
きっと親も本人も、気が楽になるし、
本人も幼稚園で過ごすときに、楽しい時間が増えるかもしれないということ。
それから、
その子は、集団行動は確かに苦手かもしれないけれど、
社交性はあるし、
友達もたくさんいる。
それって、すごく素敵なことだし、
その子にとって一番心地よい人数が
少し少ないだけの話なのかもしれないということ。
(わたしも大人数の飲み会より、
せいぜい4人くらいの飲み会の方が好き。
それとこれとは話が違うか笑)
そして、わたしが最近よく思うこと。
「周りから指摘されるその子の問題点って・・・・
この国だからじゃない??」
という気持ちを常に持っていること。
日本って、あまり大きな声では言えないけれど、
ちょっと窮屈すぎませんか?
集団行動?
それ、できなきゃダメですか?
たとえば、遠くの遠くのブラジルとか。
ブラジルよく知らないけど、ブラジルの田舎とか。
なんなら時代変えちゃう。
ブラジルの大昔とか(ブラジルから離れない笑![]()
そんなところに、
その子がひとりいたところで、
集団行動ができないところで、
それって、問題になる??
ならないですよね。きっと。
わかりやすいように国と時代を変えただけですよ。
ブラジルになんの縁もゆかりもないです![]()
たとえば、日本の田舎の大昔でもいいんだけど、
もっとわかりやすく遠く離れた方がイメージしやすいですよね
障害とかって、
その社会が作り出している場合が
少なくないのではないでしょうか。
本当は、
ただの、風変わりな子
とか、
面白い子
もしくは
天才
なのかもしれません。
それを、社会が型にはめようとしている例は
きっと少なくないはずです。
それ、「ここ」だから「問題」って思われているだけじゃない?
という視点は、
いつも自分の心の中に持っていたいな、と思うのです。
「その子」が「問題」なんじゃない。
「今の社会」がたまたま「フィット」していないだけかもしれない
という可能性。大いにあると思います。
そんな風に最近思っている心の内を
彼女に伝えました。
どう受け取ってくれたかは
わかりませんが、
自分の子どもの
デリケートな話をしてくれたこと、
勇気を出して話してくれたことに、
涙が出そうになりました。
軽い口調で話してくれたけれど、
彼女にとってその話題を友達に話すことが
どれほど勇気のいることか、
なんとなく感じ取りました。
今まで、
それとなくわたしが特別支援の話をしても
自分の子どもとは別のこととして
とらえているのがわかったし、
わたしもその子と結び付けようとして
話したわけではなかったけれど
発達とか特別支援とか、
そういうものに対する壁を彼女から感じていたので。
「この子はこういう子」という、
これまでの彼女の考え方はそのままで、
その子の生活しやすい工夫を見つけるために
そういう知識へのハードルが
低くなることを願っています。
彼女だけにかかわらず、
発達に不安がある子がいても、いなくても、
特別支援は、特別な人へのものではなく、
苦手なことのあるすべての人に有益な
工夫・アイディアが
実はたくさんあることを知ってほしいです。
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