わたしは、
小さい頃から特別支援学校(当時は養護学校)
の先生になるのが夢でした。
2歳下の弟が、障害児だったからです。
弟は、脳性麻痺です。
母のお腹の中にいたときに、
へその緒が首に巻き付き、それがほどかれないまま
仮死状態で生まれてきたそうです。
今の医療だったら、
障害が残らずに助かるものなのかもしれません。
生まれたときに、全然泣かなくて心配になった、と母はよく言いました。
弟はその後、
知的な発達も遅く、
座ることはできても歩くことはできないので、
肢体不自由の養護学校に通うことになりました。
今はもう立派なおじさんになり(笑)
重度心身障害者通所施設に通って、
学校の延長のように、
みんなで散歩に出たり、室内で活動をしたりして過ごしています。
わたしは小さい頃から、
弟の学校や、療育・訓練、病院などに
よく付き添って行きました。
弟の通っていた学校の先生たちが
とにかくみなさん明るくて、楽しそうで、
それに憧れたのが、夢を持つきっかけでした。
障害のある子の兄弟姉妹のことを、
きょうだい児と呼ぶのですね。
ここ3年くらいで、ちらほら聞くようになりました。
わたしは当事者ですが、
そんな風に呼ぶなんて知りませんでした。
わたしはもう大人になってしまいましたが、
今、まさに、障害のある子をお育ての方たちは、
そのきょうだい児の育て方のことも
悩みますよね。
なんの参考にもならないとは思いますが、
わたしのことをお話しします。
わたしは、典型的な長女気質で、
わたしが弟のミニお母さん!みたいな使命感を持ていました。
弟の世話はなんでもやりました。
車椅子を押すこと。
おむつを替えること。
抱っこをして、移動させること。
お風呂に入れるときに着替えをさせること。
全く苦ではなく、
ただただ使命感があったのだと思います。
わたしと弟は、いつも、二人で一人でした。
好きで好きでたまらなかった。
弟のためなら、なんだってやってあげよう、って思っていました。
小学生の高学年ぐらいのとき、
男子たちが、のろまな子や、おかしい発言をした子に「しんしょー」と言い始めました。
身体障害者の略です。
そもそも、おかしな発言をした子に、しんしょーと言う、って、
今思えば なんでやねん
って感じですが笑
みんな、幼かったんですね。
でも、そんなバカにしたような言い方にカチンときて、何度も
(優等生的に)言い返して、男子たちと喧嘩しました。
残念なことに、
そんなことする女子は、変な目で見られるのです。
わたしは、弟のことを差別されている気持ちになって、
正義感を振りかざしましたが、
おまえがしんしょーだと言われてしまう始末。
もう、カオスです。
でも、わたしの心は十分に傷つき、
彼らと全くわかり合えないし、
障害についてわかってもらえないもどかしさに
悲しくなりました。
大人になった今思うのは、
そんなやつ、放っておけ。
って話です。
ムキになる必要のない相手だし、
小学生なんて、
死ねとかうんことか、そういうものを軽々しく言いがちな生き物だし。
賛成はできませんが。
でも、わたしはめげませんでした。
こんな風に、障害を差別されて、
もうこんな弟なんていなければいいのに、なんて、
微塵も思ったことはありませんでした。
中学生になると、
先生に直談判して、
ボランティアに行かせてもらうことにしました。
夏休みだったかな?
弟が行っている場所とは別の施設の、
知的障害の子たちが通う場所に一週間ほど行きました。
将来、養護学校の先生になりたいから、
ボランティアにいかせてくれ
と言ったのだと思います。
そこでも、子どもたちが可愛くて可愛くて
こういうところで働きたい!と強く思いました。
長くなりそうなので、
次回に続きますね。
今のわたしと弟の関係は、
意外だと思いますよ。
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