はっきりしない意識の中、親の声が次第に鮮明になる。ゆっくりと目を開こうと試みるが、網膜の許容を超えた光に負け、瞼を下ろして眉をひそめた。
一度寝返りをうち、布団の中で猫のように伸びをする。
布団の温もりと別れを告げる決意をし、勢い良く羽布団を捲ったが、流れ込んできた冷気に情けなく降参し、再び布団の中へ潜り込む「あと5分だけ…」
…の、つもりだった。
はっと目を覚ませば、あれから優に20分は過ぎていた。
慌てて布団から起き上がり、寝間着を脱いで制服に袖を通す。
教科書やノートを鞄に詰め、リビングで朝食を摂る。
いつもと同じ。蜂蜜のかかったトースト、ヨーグルト、ホットチョコ…
「ちょっと飽きてきたな…」
なんて呟きながら口へ運ぶ。
丁寧に“ごちそうさまでした”と手を合わせ、食器を下げる。
ブラシで髪を解かして手早く1つに束ね、鞄にを掴んで1階へ。歯磨きと洗顔を5分で済まし、化粧水をつけながら時計を見れば、6時50分。
「やばい!」
靴を履いて家を飛び出し、全速力で自転車を漕いで駅へ向かった。

電車の中で10分テストの勉強。
英語や世界史は前日の寝る前に1度勉強しておかなければ頭に入らない。なのに、昨日は体調が優れなかったこともあって、勉強していなかった。
膝の上にテキストを広げ、ぶつぶつと単語を呟きながら、髪をセットする。


学校に着き、不安が残るまま10分テストを受けた。案の定、あまり書けない。空欄の部分を数えただけで、落ちていることが分かる。



2時間目:数学Ⅱ
始業を告げるベルが鳴り、数学科の教師が教室に入ってくる。温和な雰囲気の為か、生徒からは“てっちゃん”のあだ名て呼ばれている。
挨拶を済ませ、チョークを手に、さらさらと黒板を白く汚してゆく。
授業も残り少しに差し掛かった時、一人の生徒と話していたてっちゃんが、高校時代の事を話しはじめた。
「同級生の男の子なんですけどね。スポーツができて、格好よくてね。僕そいつの事好きだったんですよ」
教室が凍りついた。
一瞬の後、男子生徒が笑いだす。
てっちゃんはゲイ!?
等の声が飛び交い、本人も失言と気付いたのか、慌てて訂正を試みるが、無理だと悟ったのか言葉を飲み込んだ。



友人と昼食を摂り、午後の授業に臨む。
6時間目:地理
気候区分の覚え方を教え始めた教師。
「温帯気候の地域には、人が沢山住んでいるので、細かく分けないと文句を言われます」
そう言いながら、黒板に“Cfa”“Cfb”“Cfc”を書く。
「Cは温帯、fは降水を表します。そして、aは暑い(atsui)のa、bは“aじゃない”ので暑くない。そしてcは、“涼c”のcです」
教師の言葉を聞いた瞬間、周囲に気付かれないように小さく笑う。
まさか、地理の授業でジロー語が聞けるとは…



無事に1日の授業と10分テストの居残りを終え、下校中。ガードレールの下に、小刻みに震えている仔猫を見つけた。肩に掛けていた鞄を下ろして傍に寄れば、人慣れしているのが膝の上に飛び乗り、黒真珠の両面で見上げながら小さく鳴く。
あまりの可愛さに連れて帰りたくなったが、家ではペットを飼えず、それ以前に電車通学をしている為、連れて帰る事すら困難であった。
淋しい気持ちを抑え、風の当たらない壁の隙間に下ろして、足早にその場を離れた。
遠くに鳴き声を聞きながら…