信じたものしか見ない人と、視座を高くして幅広く物事を見渡すことができる人との違いは何だろう。根拠としてるものがそもそも違う気がする。「自分が知ってるものが全て正しい」と思った瞬間に成長は止まるのかもキョロキョロ

 

信じたものしか見ない人は、知識が圧倒的に不足している場合もあるけれど、「たくさん勉強してきた。」という自負のある人も少なくない。「『自分なりに』たくさん勉強してきた。」の『自分なりに』が抜けている。そうすると、「自分の知っていることが全て」と勘違いしてしまうようであるオエー

 

 

 

情報には、いろんな質があると思う。ただただ集めればよいという類いのものではない。ネット社会では、良質な情報にアクセスすることは、逆に困難な部分もあるかもしれない。けれども、いつだって最初は、「自分が持っている情報は、本当に正しいだろうか。」「もっと質の高い情報があるかも。」と疑ってみることから始まると思う。

 

 

 

願わくば、あまり誤情報に惑わされずに、できるだけ多くの「事実」をかき集めていきたいスター花