おととい「発信」をテーマにした
ワークショップに参加しました。
「発信」に対して持っている
自分のイメージを書き出すワークをしながら
自分自身のコミュニケーションのパターンと
ある人との数々のバトルを
思い出しました(笑)
人に頼って委ねることが苦手な二人だから
ムダに緊張感のある関係でしたね。
素を見せて
傷つくのが怖いの、お互いに。
一歩一歩進むごとに
本当に信じられるのか?
本当にさらけ出していいのか?
さぐりさぐり。
お互いに
「オマエが先に素を見せろよ」
ってやってる
先に見せるんだったら、
本気だって信じてやるよ
って毎回やってる
そんな感じ(笑)
本質的に目指しているものは
お互い同じ。
同じものを
お互いの中に感じている。
それはわかっているけど
肉体レベルの思考を超えて
魂が感じている光を
どのように表現したらいいのか
わからなかった、その時は。
やろうとしていたけど
うまくできなかった。
それでも何とか
「通じ合えた」と感じた瞬間があって
その時に「わかった」と感じた
わかり合うための表現に必要なこと
それと
ワークショップで得た
「発信」の学びは同じでした。
どれだけ自分が整っているか、
ということ。
何を伝えたいのか
何のために伝えるのか
伝えることによって
二人の関係をどうしたいのか
発信の前に、
きちんと自分を受信できているか
ということ。
相手に伝える前に
自分の心の声に耳を傾ける。
心の意図確認
それがちゃんとできる
心のゆとりある
自分になっていること。
相手がどんな状態でも
自分が整っていれば
受け止めることができる。
自分の心のゆとり=受け取る器
どのような状況になっても
どのような姿を見せられても
相手の魂の光を見て
わかり合えることを信じて
自分自身も光の存在として
関わることができる。
これができていた時はいつでも
どんなに口では言い合ってケンカしても
すんなり自然と
元に戻れていました。
着地点が明確だったから
ですね。
相手が誰であろうと
どんな状況であろうと
結局は自分。
すべては自分の状態、在り方次第。
普段から
いかにその状態でいられるか
心も時間も意識も
いつもゆとりある自分でいることが
大切なんだな。

