9月7日の朝のことです。
毎朝の習慣で、神棚に向かってお祈りする際、
ご先祖様への「ありがとう」のくだりで、
突然、
何年も前に亡くなった従妹に、
「自分は親切にしてあげられなかった」
という思いとともに、涙がこみ上げてきました。
あの電話のとき、
勇気を出して、相談したのだろうなと。。
でも、当時の私は、それに応えてあげられなかった。
もし今だったら、、、
応えられるかは正直わからないけれど、
「もっと寄り添ってあげられたかもしれない。
もう少し話を聞いてあげられたかもしれない。」
当時の自分の、
従妹の気持ちを察することができなかった未熟さを
悔やむ気持ちと、従妹への申し訳なさと、
小さい頃、私を妹のようにかわいがってくれた優しい従妹への
感謝など、いろいろな気持ちが沸き上がってきました。
その気持ちに偽りはないのだけれど、
同時に、そんな今の自分を俯瞰しながら、
「フランダースの犬」の最終回で、
「もっと親切にしてあげればよかった」と
ネロとパトラッシュの亡骸を前に
心から悲しむ人々の姿を想い、
「この人たちは私だ」と思いました。
あとからでも、気づけたことは
気付かないままよりずっといい。
でも、
その「時」に、その必要なタイミングで
手を差し伸べることができる人になりたい
と思いました。
それと、
ずいぶん時間がかかったけど、
過去の自分を責めるだけでなく、
「やっと気付けた自分を認めてあげたい。
この自分を赦し、受け入れてあげたい。」
と、俯瞰してるもう一人の自分がいました。
日々の気づきに、心から感謝します。
お読みいただき、ありがとうございました♡

