— 事実(いま)を愛する技術 —
期待の霧を抜けて自分の足で歩きだすために 全3回
第3回:【自律】自分の人生を生きるということ
事実を見つめることができたとき
私たちは、ようやく自分の足で立っていま
それは、誰かの期待でも
過去の物語でもない
「今ここ」という現実の上です
そこに立ったとき
静かに浮かび上がる問いがあります
「これから、自分はどう生きていくのか」
事実を受け入れた先にあるのは
絶望ではなく、自由
ここでいう「自律」とは
ひとりで頑張ることではありません
以前、「真の自立とは」というテーマでもお話ししましたが
あのときの「自立」と、今回の「自律」は
似ているようでいて、少し異なります
☆ 自立とは
外側の支えから離れて立つこと
★ 自律とは
自分の内側で選び
整えながら生きていくこと
どちらも大切なものです
ただ今回のテーマにおいての自律とは
事実の上に立ち
自分の感情や選択を
引き受けながら生きること
私たちはこれまで
親の言葉や態度
育ってきた環境の中で
多くの価値観を受け取ってきました
「こうするべき」
「こうあるべき」
それらは
守り、育ててくれたものでもあります
往々にしてこのような見解にたったとき
「そのまま持ち続けていると、気づかないうちに自分の人生ではなく、誰かの基準の中で生きてしまう」
と語られます
これは、本当に自分の選択なのか
それとも、どこかで受け取ったものなのか
けれど、ここでもう一つの見方があります
私たちは、その環境を
与えられたものとしてだけでなく
どこかで選んでいたと捉えることも
もちろん
そこに明確な証明が
あるわけではありません
それでも
その出来事や環境を体験するために通ってきたのだとしたら…
その瞬間から
誰かのせいでも、何かのせいでもない
という視点が静かに立ち上がります
すると、そこにはもう
第二者も第三者もいなくなります
残るのは
ただ、自分自身だけです
だからこそ
誰よりも自分自身を理解していくこと
それが、自分の人生を生きるということなのかもしれません
「自律」とは
すべてを変えることではありません
受け取ってきたものの中から
自分にとって大切なものを選び
そうでないものは
静かに手放していくこと
それは、強くなることではなく
自分に戻るということ
誰かに選ばれるのを待つのではなく
自分で自分を選び直していく
そのとき
これまで当たり前に持っていた感性や力が
静かに動き出します
特別な何かを手に入れる必要はありません
すでに、あなたは
歩いていくためのものを持っているからです
ただ、自分の足で立ち
自分の歩幅で進んでいくこと
自分の人生を幸せにする切符は
誰かから手渡されるものではありません
自分の足元に
すでにあることに気づく
それが
自分の人生を生きるということです
■ あとがき 🌿
ここまで、3回にわたって
「事実(いま)を愛する技術」についてお話ししてきました
最初は
「期待の霧」に気づくことから
そして
「事実のランタン」を手にし
「今ここ」を見つめること
最後に
その場所から、自分の人生を生きていくということ
どれも特別なことではなく
本来、誰もが持っている感覚なのかもしれません
けれど、日々の中で私たちは
つい遠くを見たり
誰かの言葉の中で生きてしまうことがあります
だからこそ、ときどき立ち止まり
自分の足元にある「今」を見つめること
それは、何かを変えるためではなく
すでにあるものに気づくための時間です
そしてまた、それぞれのタイミングで
それぞれの形で
ご自身の歩みを進めていかれますように 🌈✨✨
お読みくださりありがとうございます✨
2024.4.14
愛と虹🌈の光をこめて
アイリス🐿️千尋✨✨
※アイリス⚜️😊
クルミッ子🐿️バージョン✨✨
ムービー📽️観てね😆