遠藤、海外移籍ラストチャンス セリエAが熱烈アプローチ
サッカー日本代表MF
遠藤保仁(30)=G大阪=に
海外移籍のオファーが舞い込みそうだ
イタリアのセリエAからである
イタリアの3つクラブが
遠藤について獲得調査をしていることは
「間違いありません」(イタリアのサッカー関係者)
という状況の中
特にジェノアは積極的
G大阪と複数年契約を結んでいる遠藤に
「移籍金約2億5000万円、年俸2億円以上」
という条件をつけて申し込み直前まできているという
1998年
Jリーグにとって衝撃的な事件が起こる
横浜フリューゲルス消滅
三浦淳、楢崎などが涙にくれる中、
この年に入団した期待のホープも
大粒の涙を流していた
その名は遠藤保仁
今でこそ
ミスターガンバの印象が強い遠藤だが
プロ生活のスタートは
横浜フリューゲルスである
遠藤は
決して順風満帆なサッカー人生ではない
クラブ消滅
移籍
J2降格
試合に出られない屈辱
大病、
さまざまな苦難が彼を襲った
1998年鹿児島から横浜に舞い降りた
サッカー界のホープは
入団1年目から頭角を現す
横浜フリューゲルスの
白いユニフォームを纏った彼のもとに
ボールが集められ
そして彼がそれをセンス良く散らす
まさに心臓部というにふさわしい働きであった
彼がフリューゲルスに入団したのは
当時
鹿児島を準ホームとして活動していた縁だった
鹿児島出身の遠藤にとって
身近なJのチームがフリューゲルスだった
そのフリューゲルスも
1999年元旦の天皇杯の勝利を花道に
惜しまれつつ姿を消した
クラブ消滅という
ショッキングな出来事を経験した遠藤は
京都パープルサンガへと移籍する
しかし
京都では思うようなプレーが出来ず
移籍2年目には
チームもJ2降格という屈辱を味わう
そして2001年にガンバ大阪へと移籍する
ガンバ移籍が遠藤の才能を一気に開花させる
リーグ優勝
ACL優勝
天皇杯制覇などに大きく貢献
自身もベストイレブンを7年連続受賞するなど
ガンバ大阪でその地位を不動のものとした
2006年ドイツワールドカップにも選出され
いよいよ遠藤の世界デビュー近付いたかに見えた
しかし
遠藤がドイツのピッチを踏む事は
一度もなく日本に帰国する事となった
フィールドプレイヤーの中で
ピッチに立てなかったのは
遠藤ただ一人である
その悔しさをばねに
オシムジャパンの中心選手となった遠藤
しかし、今度は病魔が遠藤を襲う
同年10月
インド遠征で遠藤は体調を崩す
熱が引かない
体がだるい
明らかに体は異変を感じていた
日本に帰国後の精密検査で
ウイルス性肝炎と診断され
この年の代表
及び
Jリーグのほぼすべてを棒に振った
遠藤の復帰戦は
レッズ初優勝の埼玉スタジアムのピッチ
復帰戦でレッズの胴上げを見ると言う
波乱に満ちた2006年を象徴する出来事であった
病気から回復した遠藤は
クラブ
代表で常に中心選手として闘い
今回のワールドカップでも
その力をいかんなく発揮
特に
本田が蹴ると見せかけて意表を突いた
デンマーク戦のFKは記憶に新しい
回転系のFKが難しいと言われた
「ジャブラニ」
というボールで
大会屈指のFKを決めて見せた
その活躍はやはり世界の目に止まったようだ
カズも所属した事のあるジェノア含む数チームが
遠藤の獲得に乗り出していると言う
ゲームを見る目
展開に長けている遠藤が
世界でどこまでできるのか見てみたい気がする
そして
FKや得意のPKなど
ヨーロッパをアッと言わせてほしい
年齢的にも
今がラストチャンスだ
アイリス整骨院
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