ジダーノフは正しかったのか?
2026年5月30日(土) 1400
指揮:アンドリス・ポーガ
管弦楽:NHK交響楽団
感謝の歌(ヴァスクス]
交響曲 第4番(ショスタコーヴィチ)
傑作という人がいるが、全くわからなかった。
1楽章と4楽章は、それぞれの構成要素をモチーフに
別々の交響曲として再構成してはどうか?
だから
ジダーノフは正しかったのでは?
ドラマ仕立てで言うのなら
★天下の暴論;ジダーノフの独り言
この才能あるショスタコーヴィチという若者を
このソ連という枠組みの中で、伸ばして
いくには、妥協してもらうしかない。
もし、こんな作品の演奏を認めてしまったら
私の命が危ない。
しかし、よく考えてみろ
あの支配者も永遠に生き続けることはできない。
しかし、芸術作品は違う。
ベートーヴェンをみろ
優れた民衆に支持されれば
どれだけの長い命を持つだろうか。
そして、この国の作曲家として
世界の人々の記憶に残り、
文化水準の高さを
人々のこころに刻みつけるのだ。
それはドイツ人だけが
できるのではない。
(ユダヤ人の協力も
本当は必要なんだろうが・・・)
確かにこの作品はすごい。
ただ、この方向性を認めてみろ
シェーンベルクのような作曲家として
進むことになってしまう。
主があってそれに対する参照物に
過ぎない。
それでは天下は取れない。
そのためにも、彼には
変わってもらわなければ、ならぬ。
偉大なシンフォニストとして
名を残して、墓碑に刻めるように
ならねばならぬ。
だから
わかりやすくて、民衆を熱狂させることが
できる交響曲を書いてもらわねばならぬ。
さもなければ、ハッキリしたメッセージを
含んだオラトリオでも書いてもらおうか。
いや、やはり
交響曲はクラシックの王者だ。
演奏プラグラムの最後を飾る交響曲を
いくつも書いてもらわなければならぬ。
そのためには、この方向性を
この4番を認めるわけにはいかぬ。
~いやいや、この環境で
命をかけて、彼とこの4番と
心中したい楽団員などおらんだろうが~
