「直樹、行ってらっしゃい。これ、お弁当よ。」

「ああ。ありがとう。帰れる時間が決まったら連絡する。」

「直樹、これ。」

琴子の手には琴子と直樹の結婚指輪(琴子用)があった。

「これがどうしたんだ?」

「これ、私だと思って、持っててくれないかな?」

「なんでだよ…」

「ほら、いっつも一緒にいられなくても、直ぐに会えたじゃない?でも今回はそうもいかないから…でも…直樹には、必要ないよね。ごめんね、行ってらっしゃい。」

琴子が手を引っ込めようとすると、直樹が腕を掴んだ。

「じゃあ、琴子も俺の持っとけよ。」

「うん!」

2人は指輪を交換した。

「じゃあ行ってらっしゃい!」

「ああ。琴美のことも頼むな。」

直樹は行ってきますのKissをすると、会社に向かった。

 

「直樹さん、初めまして。秘書の奥村です。早速ですが、こちらが今の営業状態でございます。こちらが新しい商品の計画書です。1度、目を通して頂けますか?」

「分かりました。今日から暫くの間、よろしくお願いします。」

社長のドアの向こうには沢山の女子社員が様子を伺ってた。

「すっごくイケメンじゃない!?社長と親子だとは信じられない!」

「本当よね!噂では、高校まで、満点以外取ったことないんだって!頭いいのね!」

「なんでそんなこと知ってるのよ!?」

「そんなことどうでもいいわ!誰が社長夫人になれるか、掛けましょ!」

「そうね!指輪してないもの!」

ドアが開いたことも知らずに、女子社員は夢中で話していた。秘書の奥村が咳払いをしてようやく気づいたようだ。

「皆さん、早く仕事に戻ってください!」

「す、すみませんでした……」

 

 

(この状況じゃ頭も痛くなるわ。)

資料と睨めっこして1時間。直樹に声がかかった。

「直樹さん。我社の取引会社の大泉会長がお見えです。」

「分かりました。すぐ行きます。すみません、コーヒー持ってきてください。」

直樹は社長室に向かった。

「お待たせしました。」

ニコニコとしていて気前の良さそうな老人が腰掛けていた。

「君が入江君の自慢の跡継ぎ長男だね。」

「一応そうなりますね。」

(継ぐきないけどな。)

「いや〜君はお母さん似だね。」

「母をご存知なんですね。」

「ああ。パーティーで何度か会ってね。そんなことより、早く座って話そうじゃないか。補助金について。」

「はい。ありがとうございます。」

暫く話して取り敢えず今日はこの辺でということになったところで、大泉会長が難しい顔に変えて直樹に聞いた。

「直樹君、君、好きな人はいるかね?」

「え?好きな人…ですか?いますよ。」

そう言った途端大泉会長は少し落胆した。

「じゃあ彼女いるのかね。」

「いえ、彼女はいません。けど…「そうか!」

大泉会長は急に笑顔になった。

「それならよかったよ。」 

「……?」

直樹は分かったような分からないような…

「直樹君、わしにはな、自慢の孫娘がいるんだよ。今度、会ってくれないか?」

「…見合いですか?」

大泉会長は少し驚いたような顔をした。

「この頃は遠回しに言うやつが多いが、直樹君は率直だな。気に入った。」

「恐れ入ります。」

「で、孫娘と見合いしてみないか?」

「でも僕は「まだ大学生だ。ご両親ともよく話し合ってくれ。今日は失礼するよ。」

直樹に答えさせる暇をつくらせず、大泉会長は帰ってしまった。見かねた奥村が声を掛けた。

「直樹さん、直樹さんは確か奥様が……」

「もちろん、お見合いはしません。妻とも別れません。今度、大泉会長と話をする時に、妻も連れてきます。」

奥村はほっとした顔をした。

「社長にはどうお伝えしましょうか?」

「僕が自分で伝えます。」