「でも、琴子はお義母さんみたいな人を助けるために医者になるんじゃ無かったのか?」

「うん。医療の道に進みたいって気持ちは変わらないよ。私、医学科を辞めて、看護学科に転科しようと思うの。」

「残念だな。」

直樹はため息をついた。

「え?」

「俺は理工学部から医学部医学科に転部しようと思ってたから、琴子と一緒に居られると思ったのにな。」

「じゃあやっぱり…「いいよ。看護学科に行っても、琴子には会えるし。でも、なんで転科するんだ?」

「赤ちゃんのこともあるから、後4年半も大学通うなんて出来ないよ。」

「俺のせいか?」

「ふふっ、違うよ。前から思ってたんだ。私は確かにお医者様になって、お母さんみたいに病気で苦しんでる人を助けたい。でも、私は緊張に弱いし、とっさの判断が苦手だから向いてないのよ、本当は。それに、出産して分かったんだ。病気を治すのは医師だけの力じゃ無理だってね。」

「どういう事だ?」

「心に元気が無かったら、不安を取り除かないと、治療に前向きになれないじゃない?医者も患者と向き合うけど、看護師の方が向き合う時間は長いし、患者のちょっとした変化も見逃さないように気を使うのは看護師でしょ?だから、私は看護師になるために看護学科に転科するの。」

「そうか。頑張れよ。」

直樹は優しく微笑み、琴子の髪に手を流した。

「直樹はなんで医者になるの?」

「初めて勉強が楽しいって思えたんだ。琴子の医学書を読んでいると、知らないことだらけで、毎回新しいことの発見。凄く楽しいんだ。それに…琴子が陣痛で苦しんでるの見てるだけで何もしてやれなかったから、今度なんかあったら、何かしてやりたいしな。」

「直樹がいてくれて、直樹が手を握っててくれたから、不安と緊張が安らいだよ。直樹は私にパワーくれたでしょ?」

「パワーか。ところで、名前、どうしようか?」

「私、韓国ドラマの真似をしたいんだ。」

「どんな?」

「その主人公は『ハニ』っていう娘で、旦那様が『スンジョ』なの。その二人の子が二人の文字をとった『スンハ』なの。だから、『直子』はどう?」

「そしたら直ちゃんって呼ばれるだろ?昔の俺を見てるみたいで嫌だ。」

「そう言われてみればそうね……」

「じゃあ『琴美』がいいな。女の子が生まれたら『琴子』のどちらかを入れて、男の子が生まれたら『直樹』のどちらかを入れるんだ。どうだ?」

「琴美ね。いいじゃない!」

こうして直樹と琴子の愛娘は『琴美』と名付けられた。

 

(家族も増えたし、車の免許でも取るか。親父に、医学部のことなんて話そうかな…琴子が味方に付いてくれるとは思うけど…俺も父親になったから、あんまり自分勝手に出来ないしな…)