ロカ岬の夕日は沈みそうでなかなか沈まない。

 

 

テンション上がりまくりの僕はついつい石垣の向こうに降りてビデオを回したりした。

良い子は絶対に真似しないでね。

 

 

そろそろ帰ろう。復路のバスはあと90分待たねばならない。

次はどうするかなとベンチで『地球の歩き方』を見ていたら、いきなり肩の後ろから声が降ってきた。

「君は日本人か?」

見るからに偉い身分らしき50代後半のおっさん。

声は張りのあるバリトンで、顔はばんばひろふみに似ている。

久し振りに耳にした日本語に戸惑っていると、「良かったらカスカイスまで乗せてあげるよ」だって。ラッキー!

 

やがておっさんの連れ合いがぞろぞろとやって来た。
6人くらいのグループで車で来ているらしい。年齢もバラバラ。

フランクそうなおっさんに訊いたところ、どこかの大学のOB繋がりだとか。僕はこの旅では何者でもない自分でいたかったので、名前と自由業であることだけを告げた。

 


ついでにモニュメント前で写真を撮ってもらう。唯一の自撮り写真がロカ岬とは感無量。

駐車場へ向かう途中、70代くらいの白髪のおっさんがやたら絡んできた。むかし十条に住んでいたとか帝京大の医学部だとか訊いてもいないのに喋ってくる。

ちなみに最初に話し掛けてきたおっさんはツチヤと名乗った。彼が最年長というわけではないが、やはりリーダー然としている。


白髪のおっさんは帝京大を立ち上げた一人だと言う。ホンマかいな。それから横田基地でアメリカ海軍の将校をやっていたとか。おいおい、米軍に日本人枠なんてあるのか?いちいち胡散臭い。

他の若い人らも若干迷惑そうだった。まあ要するに自慢したがりのインテリ親父らのツアーに若手が付き合わされているという構図だろう。


その若手の一人から、「初ヨーロッパでポルトガルなんてハードル高いですね」と言われてちょっと嬉しかった。ツチヤ氏が「女にでもフラれて来たのか?」と茶化してくる。
「よくいるんだよな。ロカ岬で思い詰めた顔したアジア人が。大体あれは失恋だよ」
うるさいわい。
 

ツチヤ氏の車は10人乗りくらいのワゴンで、驚くことにポルトガル人の専属運転手がいる。しかも日本語ペラペラ。ツチヤ氏は「君、中国人じゃないだろうな?中国人だったら追い出すぞ」と何度も訊いてきたりしてなかなか強烈なキャラである。

その辺の別荘がどの国の誰のだとかいちいち詳しく、みんなから「先生」と呼ばれている。やはり相当偉いらしい。息子はロンドンだとか。こういう人もいるんだなあ。


で、旅行中困ったことがあったらと電話番号まで教えてもらった。その手際といい、番号を教える際の国番号を伝える自然さといい、相当海外慣れしてるなと。彼だけはこちら在住なのだろう。
カスカイスの駅前広場で降ろしてもらって丁重に礼を言う。一週間ぶりに日本語を話せて良かった。まあずっと独り言言ってたんだけど。

もう夜だ。ついでにカスカイスでメシを食おうと今回もまたカレー(笑)。

昨日気になった「マサラ」という店。何かの団体から品質証明書みたいなのをもらったらしく、入口に飾っている。昨日はほぼ満席だったので駅に近い方の「タージマハル」に行ったのだった。


今日は素直に普通のラムカレー。ドロドロジャリジャリしているがタマネギ感はない。後のメニューは全く同じ(笑)。どんだけ保守的なんだ。

エビスープは色々な香辛料が使われており飽きさせないよう工夫されていた。とはいえ、こちらの店だけ格付けされるほど両者に味の差があるかというとそうでもない。まあそんなもんだろう。



カイス・ド・ソドレからバイロアルトに戻る。微動だにしない大道芸人がいて驚いた。

 

試しにファドレストランの名店だという「O Faia(オファイア)」に行ってみた。
入口は二重になっていて、カウンター席だけのフロアがまずある。向こうから音が漏れ聞こえてくる。

「Solo, OK?」とお決まりのセリフを言うとおっさんが快く受けてくれて、今歌っているおばちゃんが終わるまで待ってから入れてもらった。

中は結構広い。百人くらい入れそう。一番奥の席に案内される。特にステージらしきものはなく、歌手は主にフロア中央辺りで歌うようだ。
隣の席はアメリカ人夫婦。僕も割と酔っ払っていたので定かではないが、どこ州から来たとか会話をした気がする。この夫の方が終始ムスッとしていて感じ悪かった。明らかにレイシストの顔だな。おばちゃんの方はフランクに「写真撮ってくれ」とか頼んできたが、「画角が悪い」とか「画が暗い」とか散々ダメ出ししてきた(笑)。

さっきのおばちゃん歌手は客に合いの手を入れさせたりしてちょっと苦手だったが、次の浅黒く太ったおっさんは正統派だった。太ってるだけあって声量も凄く、なかなか聞かせる。

0時を過ぎ、うるさい酔っぱらい連中はどんどんいなくなっていった。するとさっきの支配人みたいな人が来て、「片付いてきたからもっと近いところに移させてあげるよ」と案内してくれた。ホントに歌い手の目の前の席だった。ワインしか、それもハーフしか頼んでいないのに何て親切な!それくらい、一人でしかも明確にファドを聴きに来る客が少ないのかも知れない。


まあ、フロアの中央から奥半分をさっさと締めてしまいたかったからという理由が最大だと思われる(笑)。

ラストと思しきおっさんが出てきた。細身でしわくちゃで80歳くらいで、ラスボス感ゼロ。大丈夫か?と思ったら、もう第一声で持ってかれた!

声に哀愁があり、まさに人生の悲哀が滲み出ている。初めて僕の目に涙が溢れた。これぞファドだ!言葉も何も分からないのに、彼の人生が走馬燈のように浮かんでくるのだ。音によって映像が浮かぶ。落語や漫才もそうだが、これこそ名人芸だ。

あとファドは決して体型勝負じゃないというのも証明された。こんな細身なのにこれまでのどの歌手よりも芯があってよく響いた。後で調べたところ、恐らくAntónio Rochaという人らしい。
録画はしなかった。こればかりは自分だけの想い出にしておきたい。

 

今日は白人に騙されたりフェリーを間違えたり色々あったが、日本人に助けられたりファドで感動したり、総じていい一日だった。