記憶の検閲 | cif & the irie vibration

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記憶にはなにかしらの検閲がかかっているのかもしれない


目覚めた瞬間にさっきまでみていた夢を忘れたり

買おうと思っていたものをすっかり忘れたり

家に帰って調べようと思っていたことを内容どころか調べようとしていたことから忘れてしまったり


特に家のドアに居座る検閲官のチェックが少し厳しい気がする

玄関の長方形をくぐる時、瞬間的に脳内の記憶を漁られているに違いない

外から持ち帰る記憶を選別して、これは持ち込み禁止と決めて外に放り出す


それでもふとした瞬間に思い出すことも少しだけある

これは一体どういうことなのか


検閲官のチェックが甘いのかとも思ったが、それならしばらく経った後にふと思い出すのはおかしい

もしかしたら脳内に対検閲組織があって、検閲にかかりそうな記憶を偽装して持ち込んでいるのかもしれない

しかし私は脳以外のどこかに記憶していると考えるのがよいと思う

こうすれば憎き検閲官様の体裁も保て、検閲が厳しくなってしまうということを避けることができる

憎むべき相手ともそれなりに良い関係を保てば一線を越えることもないだろう

それに検閲官の仕事も大事な仕事だ

もし検閲がなければひたすら膨らみ続ける記憶の量に脳は壊れてしまうだろう

検閲が取り上げる記憶が必要のない記憶だとは言わないが、全てを失うよりはよほどまともである

生きることと取捨選択は断ち切れない関係にあるのだ

こうなれば皆様は、消す記憶を自分で選びたいと考えるだろうが、それはよくない

一般的に考えられる『忘れたい記憶』は総じてその人が成長するのに必要な事項であることが多いからだ

時に忘れてしまうこともあるが、大抵の場合は脳以外のどこかがバックアップを取っており、必要に応じて思い出され、一人で悶絶する結果となる

また一夜漬けの記憶が長続きしないのもこの理由に似ているといえる



物忘れが激しくなる人はきっと、意外と重視すべきこの検閲官との世渡りをおろそかにしてしまった人に違いない

または検閲官の存在自体に気付いてないのかもしれない

日に日に厳しくなる検閲にも気付かず、年齢のせいで物忘れが激しくなったと嘆くばかりだろう



なんにせよ、この記憶の検閲官との良い関係を保つことを皆様もお忘れなきように



余談だが先ほど少し触れた『脳以外のどこか』についてあまり詮索すればそこも検閲対象になりかねないので、ただ残された記憶を深く考えずありがたく享受するに留めておくのがよいと私は考える