最初の兆候はいつだったか、細かい日時は忘れましたが、確か夏の日の昼下がりかと
どこかから虫のような鳥のような小動物のような鳴き声
ともすればすっかり古くなった水廻りからの物音かもしれません
断続的に響く謎に包まれた『キュッキュ』というような音がどこからともなく聞こえるのです
外から聞こえてくるようでもあるし、部屋全体から聞こえてくるようでもある
背後の壁にかかっているアコースティックギターの中から聞こえてくるともとれないこともない
とにかく全てが謎で、しかし確実にそこにある音は、結局全てを明かさないままいつの間にか聞こえなくなってしまいました
そうしてその音は、私の記憶から消えると共に一旦は全てがなかったことになりました
こうして迎えた9月下旬のとある夜、草木も眠る丑三つ時のこと
私は記憶と共にその鳴き声を再び迎えることになります
しかし当時と違ったのはその声につい身構えてしまったこと
なぜならそれは確実に私の部屋の台所の方から聞こえてきたからです
暗い台所から聞こえる『キュッキュ』それはそれは不気味なものです
隙間にいる彼らや屋根裏を走り回る彼らを髣髴とさせるそれは私の小さな肝っ玉を震え上がらせるには充分すぎたのです
しばらくそちらを見つめ続け、頭を回転させ音の主を特定しようと(座ったまま)奮闘したのですが、有機物か無機物かすら明らかになっていないこの状況、そんなこと到底わかる筈はありません
私にできるのは只々怯えるのみなのでしょうか、南無三
しかしここは私の唯一の支配領域ですので、謎の音ごときに易々と占領されるわけにはいきません
しばらく考えた後に、せめて音の発生源を突き詰めてやろうと部屋中に散らばった肝っ玉のかけらをかき集め、それなりの大きさになった肝っ玉を護身用の武器として立ち上がりました
まずは敵の正体を絞っていきます
やはり最初に気になるのは生き物なのか物音なのかという点
これを確かめる方法はいたって簡単、近付けばいいだけです
音が始まると同時に高まる緊張を抑え台所に向かって歩きます
と、音が止んでしまいました。敵は生き物に違いない
それなりに覚悟はしていましたがこれはやはりショックが大きいです
事態とはどうしてこう悪い方に流れていくものなのでしょうか
しかし愚痴をこぼしたところで事態が好転するわけはないので
慌てず急がず第一種戦闘配備を敷き作戦は第二段階に入ります
敵が生き物なら潜んでいる具体的な場所を特定しなくてはいけません
ここから先は常に遭遇、開戦の危機があります
しかも敵は潜入のプロの可能性が極めて高い
集中した状態を長時間保たなくてはこちらに勝ち目はないのです
長期戦を覚悟した私は台所に居座ります
鳴き声がする場所を特定しようと耳を澄ますのですが予想通り鳴き声は聞こえません
仕方なく私は煙草の煙を燻らせますが赤外線センサーが張られた様子もありません
隙間という隙間に懐中電灯を当て中を見渡しますがこれといって侵入者の気配はありません、これはさすがに緊張しました
それらしい場所は一通りさらいましたが小銭すら出てくることもなく、待つしかないと思ったその時に例の声が聞こえました
上からです、思わず立ち上がると声が止みます
またしばらく聞こえなくなるのかと思いましたが、予想に反してまた鳴き声が始まります
慎重に動きながら場所を特定します
どうやら鳴き声はシャワー室の上からするらしいです
このシャワーは最初から設計に入っていたのではなく後から付けられたものらしく、回りに空間があるようなのですね
特に上の空間はそれなりに広く、シャワーの天井を叩くとポコポコ音がします
とは言っても一見すると密閉された空間のようですので、こちら側に害はないみたい
一転して強気になった私は、敵が潜んでいると勝手に決め付けたシャワー室の天井をボコスカと叩きます
が、これといった反応がありません…全く見当違いなことをしているのではないかと弱気になってしまいます
結局つかの間の安心だけを手に入れて、第一戦は終了しました
お互いに歩み寄りが大切なのかもしれませんが、姿も見せない相手に歩み寄るほどお人好しじゃありませんし、仮にお人好しでも姿が見えないのではどうすることもできません
根本的な解決策を思いつかないまま部屋に戻る私の耳にまた例の鳴き声が聞こえます
もし彼がシャワーの上に居座っていたの精神がどうかなる位にドカドカ叩いてやりましたから、やはりそもそもの場所が間違っていたと思われます
なんだかもう怖くなくなったので声が聞こえても無視することにしました
住めば都とはよく言ったものですね、昔の人の言葉は心と身体に染み渡ります
こういった馴れ初めで、私と彼のめくるめく同棲生活が始まったのです