アラフォー主婦〜不妊治療からの妊娠・育児記録〜
約2年間の不妊治療で妊娠→2023.11出産
アラフォー主婦が体力の壁をぶち破りながら子育てします
〔過去記事:2019~円錐切除、2021~不妊治療〕
私:インドア派おたくアラフォー女
夫:ASD受動型孤立型グレー、2025.6〜別居中
娘:2023.11生まれ、声デカのんびり屋女子
こんにちは、ちょろすけです![]()
先々月の話ですが、私の父方祖母が94歳で旅立ちました。
今日はちょっと祖母の話をまとめます。
またしても長いのでアレな方は末尾までスクロールしていただけると、法要のときの娘の服装をのせておりますのでどうぞ〜。
祖母は昭和一桁生まれ。
農家の5人姉弟の長女でした。
農家(私の実家)に嫁ぎ、田んぼ・畑・山仕事をやり、田舎あるあるゴルフ場開発
に伴ってキャディさんになりました。
当時のキャディさんは、ゴルフバッグ担いでコースを練り歩く重労働![]()
アドバイスする知識とおっさん達
との会話力も必要で相当大変だったと思われます。
が、祖母はなかなかやり手だったのかw、キャディさんをまとめる班長さんを任されてたそうです。
お客さんとの数あるエピソードの中で、一番キラキラしていたのは、
三笠宮崇仁親王(昭和天皇の弟)が来られた時のこと
班長の中から祖母含め3人が選ばれたそうで
暑いからお茶を飲まれるだろうと、水筒を沢山準備し担いでいたら
『それは何だい?』
と聞かれたため、祖母が説明したところ
『そんなに用意してくれて…大変だったろう』
と労ってくれたそうです。
プレー中も優しく紳士な方だったとのこと。
ちなみに「ゴルフの腕前はかなりのものだったよ
」と祖母は言ってました。
当時の祖母(右)とすぐ下の妹さん。
時代を感じる服装![]()
私は両親共働きだったので幼い頃は祖母に育てられました。
私の母とはたまに嫁姑問題がありましたが…w
私にはとても優しく、大好きな祖母でした。
小学校上がる前だったか私がなにか悪いことして真っ暗な物置に閉じ込められたことありましたけど
おそらく相当悪いことしたんだろうなw
祖父は60代で亡くなったので、祖母は孫育てが完了した後は、農作業したり近所の人とお茶飲み話したりと楽しく過ごしていました。
そんな祖母が10年前、
脳梗塞を発症し半身不随&失語症。
車椅子生活で自宅介護3年ののち、施設入所。
話し好きだったのに会話できなくなり、辛かったと思いますが、スタッフさんにも良くしてもらい快適な日々だったと思います。
コロナ禍前は簡単に外出できたので、月1くらいで車椅子が乗る車を借りて一緒にコーヒー
を飲みに行ったりしてました。
私の結婚や娘(ひ孫No.5)が生まれたことも喜んでくれて、面会時は娘を大層可愛がってくれました![]()
その後、亡くなる1ヶ月前から食欲が落ち、
やがて水も飲まなくなり、眠る時間が増え…
驚くほど穏やかな最期でした。
死亡診断書には『老衰』の文字。
最期までボケなかった祖母、さすがでした![]()
ちなみに、娘は2回目の葬儀参列。
(前回は去年7月の私の母方祖母の葬儀)
今回はまったく泣かず非常にいい子でした。
式中、祖母の遺影を見て
「ぴいばーば!
」
(ひいばあばがうまく言えないのが可愛すぎる)
「バイバ〜イ
」
と言いまくり、和ませてくれてくれました![]()
下の写真は四十九日の法要。

祖母は白髪がほとんど無い人でした![]()
「あやかりてぇー
」とずっと思ってたけど残念…遺伝しませんでしたね。
先日、また白髪染めしてきました。
来週は縮毛矯正かけてきまーす。
手先も器用で何でもそつなくこなせた祖母の遺伝子…娘に遺伝してるといいなぁ。
本日もお読みいただきありがとうございました
それではまた![]()
