写真は、家庭菜園で私が育てているお野菜です。
一粒万倍という言葉があるけれど
今、スーパーに並んでいる野菜のほとんどはF1種といった
父種と母種の「見た目の良さと作り易さ重視」で
掛け合わせた一代限りの種類。
生殖能力が異常なものを掛け合わせたものも多く、 決して味の良さ重視ではなく、栽培のし易さと運ぶための頑丈さなどを強化したもの。
種も採れません。 採れても全く違うものが出来てしまう。
一粒万倍にはならないのです。
F1種の良いところは、品質が均一で収穫が早く育て易いところ。
市場で売られている種もほぼF1種。
収量が均一なので、不作が少なく、70億人の食糧を支えている大切な食糧であるのが現実です。
ただ、種は採れないから、農家は毎年買わなくてはいけない。
これは、農家のためと謳い、大量生産を促し、種苗業者(と言うと語弊がありますが)にお金が入る仕組みにもなっています。
写真は私が育てている野菜で、古来からある在来種、固定種、原種の大根や蕪。(ロマネスコはF1)。
固定腫や在来種は 同じ時期に蒔いても、収穫量は個々によってまちまち。
一度に大量に育たないので家庭菜園にはうてつけで、見た目は不揃いだけれど味が濃くて美味しい。 見ての通り、原種や固定種は色も鮮やかなものが多く、また、食味が良いので虫も動物も好むのです。
固定種は多様性のある種で、その土地に合うように数年で進化する種を生みます。
採取できた種は次の時期も蒔ける。 正に、一粒万倍になるのです。
一粒が万倍になる野菜が本来普通のはずなのに、 種が出来ない野菜を日常に食していることをどれだけの人が知っているのだろうと思います。
F1種は今の人口過多の時代を乗り切るためのものでもあるから、必須であろうとも思うけれど。
けれど……本当に未来に必要かは疑問。
小麦粉もグルテンが問題になっているが、原種小麦であればグルテンフリーなのだから。
100年後ぐらいに目に見えてわかってくるかもしれないけれど、大切なことは目に見えにくい。 本当の一粒万倍とはなんだろう?
しかし、生殖機能を狂わされた野菜のF1種は人間を支える。
その個体たちは個性はなく、クローンのようなもの。
間違いなく人間という生命を救うその種の生き方が、 かつて巫女として生きた自分と重なった。
神の言葉のみを降ろすだけに生きる人生。
自由は許されない。 自分を殺すように生きる。
個性も許されない。
でもそれは、 個性を引き出したいと思う気持ち、 オリジナリティを見付けたい気持ちなど、 生きる希望を最大限に引き出すキッカケに過ぎないかもしれないと。
今の私がそうだからだ。 気付くと、オリジナリティを追求している。
F1野菜は揃って当たり前。 欠陥品は 規格から外れて、他とは違うこと。
良く規格外品として扱われるものは、操作され、限られた中で個性を発揮しようとした逸材なのではないか?とも思うのです。
規格外、それは、本当に欠陥か?ということに焦点を置きたいのです。
生物的な観点からみれば、それは素晴らしい進化かもしれないし、希望かもしれない。
人も植物も地球上に生きている同士。生き方はそんなに変わらないと思うのです。
今の私は、F1野菜に似ていないだろうかと思う。
支配から抜ける可能性を私たちは秘めている。 おそらく無限に。
ほぼ、F1種を食べて生きている私たちは、規格外に育つ強さと、生殖機能(個々の可能性)を思い出すために食べているのかもしれないとも思うのです。
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