ダグラスのA+B理論
それでは銀行と企業の関係はどうなのか。先に申しましたように産
業革命以来、生産の機械化、オートメ化が進み、それまで家内工業
だった企業がいわゆる機械制大工業に変貌して膨大な設備投資が必
要になりました。これは企業自身の資金では無理なので企業は銀行
から融資を受けるようになり、こうして金融業界が実体経済に介入
するようになった。その結果何が起きたかをダグラスは問題にする
わけです。
この環境では、たとえ大企業であろうと、もう銀行なしに企業の経
営はありえません。どの企業でも銀行に負債を負っています、今中
小企業に対する銀行の貸し渋りが問題になっていますが、銀行が大
企業に優先的に融資するから、中小企業に資金が回ってこないわけ
ですね。逆に言うとそれくらい大企業だって銀行を頼りにしている。
トヨタの無借金経営とかあれはデマですからね。大企業であればあ
るほど相当内部留保があるにしたって、設備投資や研究開発や市場
の開拓のために銀行からの融資が必要です。
そしてダグラスは第一次大戦中に企業会計の現場を経験する中で経
済に一体何が起こっているのかを発見した。生産コストは常に労働
者に対する賃金や給料をはるかに上回る、一国の商品の総価格は勤
労者の総所得を上回るので勤労者は所得=購買力の不足に悩まされ
るということを発見した。この事実をダグラスはA+B定理として定
式化しました。このA+B定理で彼は基本的には単純なことを言って
いるのです。
彼はまず企業の生産コストをAとBに分けるAは労働者の賃金とか、給
料とかでこれは人々の所得になり購買力になる。ついでにいうとこ
の購買力(purchasing power)もダグラスが作った言葉です。Bという
のは減価償却費とか、銀行への負債の返済、他の企業への支払いな
どです。そのほかいろいろな外部費用、取引先の接待とか。そうす
ると小学生でも分かることですけれども、AよりA+Bの方が大きい。
だから労働者は決して企業が生産した生産物の総体を買うことがで
きない、ということです。これが商品の価格になるとこの生産コス
トのA+Bにさらに利潤がつく。ところがダグラスは利潤のことは大
して問題にしていません。利潤はせいぜい企業会計の3%とか5%くら
いもので、それが勤労者を苦しめているとはいえない。企業への金
融の介入、これが問題なんだと彼は言っている。ところで皆さんは
、AよりはA+Bの方が大きいのは当たり前じゃないかと思われるでし
ょう。
人件費とか労務費とかは企業の総経費の中のほんの一部に過ぎない
ということは当たり前じゃないかと。しかるに20世紀の初めの英国
では、これは決して当たり前ではなかったのです。スミスやリカド
ゥの古典経済学がまだ幅を利かせていて、生産は必ず所得になって
労働者はそれによって商品を自由に買って消費するとされていまし
た。というのも古典経済学は独立自営農民などを経済のモデルにし
ていたからです。だからそれは後の機械制大工業には全く当てはま
らない議論なのに、それがまかり通っていた。ダグラスはそれが時
代錯誤の議論であることを指摘した。
ただしダグラスが真に問題にしているのは、Aより A+Bの方が大きい
という単純な事実ではなく、マネーの流れです。時間と共に生産費
用の中でAに対してBの比重がどんどん増える、逆に言うとAの比重が
どんどん減っていくという構造を明るみに出したのです。
労働者に払われる賃金は銀行ローン
企業の製品というのは様々な中間段階を経て、最終製品になる。例
えば自動車をつくるためには、まず鉄鋼やガラスやプラスチックを
生産しなければならない。中間段階の製品を作っている企業は消費
者に関係なしに生産してるわけです。だがそういう企業の生産費用
も最終的には消費者が買う商品の価格に全部転嫁され、そこに集積
されている。そういう何段もの段階を経て、最終製品になるような
高度な工業製品は、その分だけBの部分をどんどん増やしAの部分を
減らすことになる。
それから、労働者に給料を払うということの意味です。5月分の給料
をもらうとする。その5月分の給料で労働者は実は何ヶ月も前に出荷
され販売された既存の商品を買っている。ところが企業は現在進行
中の労働者の作業に給料を払っているわけです。この進行中の作業
を企業は投資活動としてやっているのであって、その投資活動の一
環として雇用があって労働者が働いている。しかも企業の投資活動
のかなりの部分が銀行からのローンに基づいている。
とすれば労働者に払われる賃金も実際にはかなり銀行からのローン
である。だから労働者は一生懸命働いて自分の労働の成果として給
料があると思っているけれど、実際はローン生活者みたいなものな
んですね。そして労働者が賃金をもらってそれで商品を買うと、そ
れを生産した企業の収益のかなりの部分は銀行に負債の返済で戻り
ます。そうするとなんのことはない、労働者はローンで暮らしてい
て、しかも商品を買うことで銀行にローンを返済していることにな
る。銀行ばかりが肥え太り労働者の境遇は一向に良くならない。そ
ういうことになっている。これは銀行の融資によって成立している
企業活動のいわば宿命でしょう。
もちろん企業の収益はみんな銀行への返済に充てられのではなく企
業の内部留保に充てられる分もあるでしょうが、それを企業は再投
資に使うでしょうから、これも勤労者の所得や購買力にはなりませ
ん。こういう形で労働者は、働けば働くほど、商品を買えば買うほ
ど自分を追い詰めていく。といっても、労働者が賃金をもらって消
費者として商品を買ってくれることだけが企業にとって市場である
わけです。だから労働者の所得が減ったら企業自身も販売不振に苦
しむというジレンマがある。この問題をどう解決するのか。
消費ギャップをいかに埋めるか
このギャップをまたまた銀行からの借金で埋めるというのがひとつ
の手です。そうなると、企業自体も蟻地獄に嵌ったみたいなもので
、金融化経済の矛盾をさらに銀行信用で埋めていくことになってい
く。もうひとつは、貿易ですね。商品を輸出する。輸出で黒字にな
って外国の市場でもぎ取ってきた金というのは、銀行資本とは関係
ない、利子も負債も関係ない、もろのゲンナマですから自由に使え
る。こんなおいしい話はない。だからどの国の企業も貿易戦争で勝
って輸出で儲けようと必死になる、ということです。してみると輸
出!輸出!貿易!貿易!と騒ぐということは、いかに企業自体の内
部矛盾、労働者の所得は減る一方、設備投資などで負債は増える一
方という矛盾が拡大しているかの証拠です。
このA+B定理からするととにかく、勤労者の購買力は驚く程限られ
ている。ダグラスは、生産諸経費が価格の形をとり、それでいろい
ろな要素が消費者に転嫁されると、実際の勤労者の購買力は実質的
な企業会計の数パーセントにすぎないのではないかと言っています。
その限られた購買力を奪い合わねばならないので、企業は激烈な競
争をすることになる。購買力が限られていることが競争の主要な原
因です。資本・購買力・マネーの不足のせいで企業間で激烈な競争
が展開されることになります。それでも労働者の賃金以外に商品が
売れて捌ける経路はありませんから、労働者がその賃金、給料で企
業が何ヶ月も前に作った商品ならなんとか買えるようにしておかな
いと企業は破綻してしまう。どうしたらいいのか。
絶えざる生産の拡大、近代企業の宿命
絶えざる生産の拡大。生産さえ拡大していけば、それに付随して労
働者におこぼれで回る部分が ある程度増える。企業が拡大すれば
その分だけAの部分が名目上は多少絶対的に増える形にはなる。こう
いうことから、企業は絶えざる生産の拡大に駆り立てられる。そう
いう意味では経済成長というのは、近代企業の宿命なんですね。
そしてA+B定理の矛盾がありながら企業がすぐに潰れずに生き延び恐
慌が直ちに起きない理由もそこにあります。絶えざる経済成長で名
目賃金は多少上がり、しかも勤労者は何ヶ月も前に生産されたもの
を買っているので、それが矛盾を多少は緩和します。だがそれだけ
に、経済成長がストップすると直ちに深刻な不況や恐慌が発生しま
す。
しかし生産の拡大といっても、消費者が欲しがっているものは、ほ
とんどすべてもう作ってしまっている。では企業は何をやるか。苦
し紛れにガラクタを作る、贅沢品を作る、全くの浪費でしかないも
のを作る、危険なものを作る。それが今の企業がやっていること。
しかしながら、企業にはどっちかというと銀行の被害者の側面もあ
るわけです。銀行から金を借りちゃったんで、こういうことをやら
ざるを得なくなってしまう。企業自身も利子付き負債というものに
悩まされている。
根本問題は、マネーが、生産や消費の現実とは全く無関係に銀行の
金融的利益になるかどうかという尺度で融資されていることにあり
ます。もちろん銀行も融資先の査定はやるでしょうが、結局銀行の
そろばん勘定だけが肝心なのです。こういう形で銀行は、マネーを
発行する権利を独占している。そしてマネーに見合う需要を作りだ
すような形でマネーを発行していない。現実の需要を見極めたうえ
でそれに見合う形でマネーを発行するということをやっていない。
しかも銀行の論理、利子付き負債の論理でマネーを発行し、企業に
貸している。その結果として企業においては負債の累積的増大があ
り、労働者においては所得の継続的減少がある。これをいろいろ誤
魔化したり、先送りしたりする手はありまして、だから簡単には破
局にはならないんですけれども、根本的にはこの構造は変わりません。
この構造を解消するためには、負債経済、利子付き負債を返済する
義務に基づく経済と縁を切って別のマネーの流れを作り出す必要が
あります。それから今言った、企業の投資によって雇用が産まれ、
その雇用によってしか所得が生じない、しかもその労働者の所得だ
けが商品が買われ消費される経路であるというジレンマがあるわけ
ですね。
労働による所得は雇用によって生まれ、雇用は企業の投資から生ま
れ、投資の背景には銀行の融資がある。この連鎖を断ち切らなけれ
ば、人々は所得不足、企業は販売不振に苦しむ状況はいつまでたっ
ても変わらないでしょう。ということは、雇用と所得を一定程度切
り離す必要があるということです。雇用と所得を切り離して人々の
購買力を保証する必要がある。そうしないと経済は恐慌になってし
まう。このように負債経済を解体すること、その一環として雇用と
所得を切り離して円滑なマネーの流れを作り出すこと、これが社会
信用論の課題であります。
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