神戸マラソン、走らせて頂きました。
沿道の応援もすごく、仲間もたくさん応援にかけつけてくれて・・・
栄えある第一回の抽選に選ばれて楽しめるはずだったのが・・・・
RCの同期が初めて揃い踏み、楽しみにしてたレースやったのに・・・
前半は問題なく、ただ何かしら違和感は感じてました。大阪との違いを実感してました。
実はスタート前にジェルを忘れたことに気づく。
昨晩、フラスコにセットして冷蔵庫に入れておいたのにそれを持ってくるのを忘れる。
こんな不注意なことって本当に今までない。
「神戸が今年のターゲット」といいながら痛恨のミス。
仲間が一緒だったので普通に振る舞ってたが、実はかなり凹んでた。
前半の小さな違和感っていうか「乗ってこない感覚(イマイチ乗り切れない)」がそのせいかな・・って思ってました。
タイムとしては前半を4'30-45で折り返す。まぁまぁ。大阪の後、風邪をひいて体調も完全じゃなかったのでこんなもんかと・・・
でも明らかに大阪の時との違いを感じ出した。身体が重い。
30km手前くらいから胸が痛くなる。
これも今まで感じたことのない現象。不安になる。
自覚症状として呼吸が浅いのを感じる。
呼吸が浅いから痛いのか痛いから呼吸が浅くなるのか・・・
ここからスピードが上げれなくなる。
正直、怖いと思った。リタイアも真剣に考えた。
AEDは近くにあるん?とかも・・・
でも沿道の止まない応援、仲間もポイント移動してまで精一杯応援してくれてる。
自分のスピードが落ち出すと他のランナーに少しずつ抜かれていく。
葛藤・・・
何度か気合いでペースをあげれないかトライしてみる。
瞬間的にはあげれても長続きしない。それに初めての体験に怖さが先立ってか、無意識に身体を守ろうとしているみたいな感覚。
でもリタイアの癖はつけたくなかった。トラウマになるのもイヤだった。
何度歩こうかとも・・・でもランナーとしてのプライドとして歩くのもイヤだった。
ペースが5'00→5'30と落ちていく。
ラストの橋は苦行でしかなかった。ペースも6'00→6'30程度まで落ちてきて強い風がとても寒い。この頃から膝が痛みだす。
(膝?最近のレースで膝に痛みを感じたことなんかないで・・なんで???)
同じRC方が抜き際に「ファイト!」って激を飛ばしていく。
しばらく頑張ってみるがやっぱり届かない。
橋の途中でサブ3.5のペースセッター率いる集団に抜かれる。
頑張ってみるけど、やっぱり引き離されていく。
仲間に残り4km地点で追い抜かれた。彼は疲弊している自分に声をかけてくれた。
なんとか「笑顔」で返した(つもり)。だがもう彼を追いかける気力が無かった。
40kmを越えた時点で3時間半まで残り10分。
ロスタイムもあるから5'00/kmで走れればギリギリ・・・
トライするもやっぱり続かない。
たった5'00/kmも走れへんのか・・・情けなくなる。
ゴールが近づいてきて仲間の応援が熱くなる!
「ファイト~!!頑張れ~!!」
もうそれはもの凄い応援。でももうjog程度しか走れない自分は申し訳ないという気持ちで一杯。
手をあげて応えるしか出来なかった。
ラスト数百メートルだけ、胸の痛みと向き合いながらスパート。
それだけがその時点で出来た最後の頑張り。でも全く速くない。
ゴールした瞬間、朦朧として倒れそうになった。
でもそれは自覚じゃなく、駆け寄ってくださったスタッフさんの所作で気づく。
そういう状態なので自分のゴールタイムも知らなかった。
ゴール後、タオルを受け取ったり、メダルを頂いたり、給水、給食を経て荷物受け取りを行うまでの道のり・・・
あまりにも情けなくて涙が溢れ出す。
たった3時間半が切れへんか・・・。
レースの用意(グッズや体調も含めて)も出来ひんか・・・。
あれだけの仲間の応援に応えられへんかった・・・。
それと不安。もう走れないんとちゃうか・・・。次また追い込んだら胸が痛くなるんとちゃうか・・・。
痛い膝、不自然な歩きでとりあえず着替えて仲間と合流する。
振り返ってみたらあまりにも必死すぎて殆ど景色や仲間以外の応援は憶えてない。
(っていうか見れてない)
唯一、須磨の海岸線で海から漁船が軍団となって大漁旗を掲げ応援してくださったところは感動して記憶している。
「鉄人28号」も「サッカーのドーム」も「ハーバーランド」も全く憶えてないレース。
タイムどうこうではなく、「内容」として最悪のレースとなってしまいました。
せっかく当選させてもらって走らせて頂いたのに・・・
仲間も沿道の方々もすっごく応援してくださったのに・・・
同期が揃って走るおそらく最初で最後のレースなのに・・・
情けない。不甲斐ない。
自宅に帰って一応測ってみたら熱がありました。ひょっとして朝からあったんかな?
課題山積のレース、神戸。
誰にじゃなけど・・・本当にごめんなさい・・・。