これは娘の話ではなく、私自身の思い出です。


ブログタイトル通り、娘には中学受験をさせませんでしたが、私自身はというと中学受験組でした。

通っていた塾は日能研です。

日能研といえば、そうかの有名な「Nバッグ」ですね。




私の時代はこんな薄い青ではなく、もっと紺色に近かったですが、今の日能研生と同じようにこのバッグをを背負って電車に乗って塾に行き、塾で夕飯を食べ、夜遅くに帰宅し、復習をして寝る。そんな日々の繰り返しでした。

娘は体力の無い子だったので、小学生からそんな生活が送れる気がしなかったため中学受験はさせませんでしたが、私自身はというと塾が楽しくて仕方なかったです。

学校は頻繁に仮病でずる休みをするタイプでしたが、塾に関しては行きたくないと思ったことは無かったです。

中学受験するような子どもは大抵の場合は学校では非常に良く勉強ができる人間です。
そして、こまっしゃくれたクソガキである場合が多いかと思います笑

こういう子どもは、まあ小学校の友達と話が合わないんですよね。
周囲が自分よりも理解力がないケースが多く、話し自体が噛み合わない。私の場合は「何でみんなこんなに頭が悪いんだろう」と毎日辟易としていました(本当にクソガキですね)

そんな中で入った進学塾。産まれて初めて自分よりも物を知っていて、自分よりも勉強ができる同い年と出会うわけです。
打てば響くような会話ができるのが心地よく、またそんな奴らと競い合うのも楽しいんです。

私にとって日能研に通った三年間は、今でも忘れられない思い出の日々でした。

そんな当時の日能研のシステムや、当時の思い出をこれから何回かに分けて書いたみたいと思います。