夜。
誰もの人生の中にある夜のような時間。
それはそう簡単には明けないのかも知れないし、存外すんなりと明けてしまうのかも知れない。
畢竟、どうすればそんな夜が明けるかなんて事は、明けた後になって思い返し初めて解かる事。
だから、夜が明けたその時を見逃さずに行く事が何より大事なのかも。今回作ったのはそんな歌です。
http://dl.dropbox.com/u/98085902/%E5%90%9B%E3%81%AE%E5%A4%9C%E3%82%92%E6%98%8E%E3%81%8B%E3%81%99.mp3
なんか色々書いたらきりがなさそうなので今回はここまで。次回はまたカナダから。
『ちいさな哲学者たち』 眠れない夜にはロウソクに火を。
始まりの合図のロウソクに火が灯ると、彼らは真剣な顔をして考え始める。
テーマはたくさん。
たとえば……
「愛って何?」
「友達と恋人ってどう違うの?」
「大人って? 子供って?」
「どうすれば自由になれるの?」
「死ぬってどういうこと」
考えても答えは出ない。だって "正しい答えなんて無い" なんて事すらトートロジーな世界なんだから!
しかし、ちいさな哲学者たちは自分たちがもっている疑問に真っ直ぐと向かい合います。
フランスのとある公立幼稚園で開かれる哲学の授業。そこでは4歳~5歳の子供たちが出されたテーマについて自分の意見を発信し、交換し、時には熱く議論を交わします。
悩んで、考えて、必死な子供たちが発する言葉は不思議と魅力的。どこまでもストレートで心の奥までちゃんと届いてくれるのです。
「愛は……なにかいいもの」
そんな漠然とした言葉の中にも確固とした気持ちが感じ取れる。
それってなんでだろう?
考えずに、思ったことをそのままいっているから? それとも子供とは純粋な生き物、だから?
そうじゃなくて、
それはたぶん、彼らがちゃんと考えて、自分の思いを伝えようとする意思を持っているから、だから言葉が心まで届いてくれるんだと思う。
言葉を長い間使っていると、だんだんとその言葉の意味を忘れていくように感じます。
こんな感じの気持ちはコノ言葉。あんな感じの気持ちはソノ言葉。
そういう "あてはめ" 繰り返しの中で、自分の気持ちのあり場所が段々とつかめなくなっていくのかも。
伝えたいのはただの "言葉" じゃなくて、もっと奥の方にある "気持ち"のはず。
眠れない夜には彼らの言葉を聞いて、仕舞まっていたロウソクに火をともしてみませんか?
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そんな感じで、ドキュメンタリー映画『ちいさな哲学者たち』の紹介でした。
書くこと。
薄らぼんやりとした思考は、考え、整理し、そして書き連ねることによって明確な形を持つ、そんな気がします。
川のように流れている思考。そこに一つのグラスを差し入れて、一部を掬う。そうしてやると形を持たないかのように思えた乱雑な気持ちは器という枠組みを得て、瞭然とした形を手に入れ、グラスの中で煌きだします。
そんな心の整理の時間。それが僕にとっての書くこと。
そんな感じで、久々にブログなんてものをはじめてみます。
