戦争の爪痕が残る街
イルピンとブチャ
ロシア・ウクライナの戦争で
巻き込まれてしまったイルピンとブチャ。
場所はキーウ郊外の北部に位置します。
ごく普通の一般市民が暮らしていたこの街は、
北から首都のキーウを攻めようとロシア軍によって約1ヶ月強占拠されていました。
【イルピン】2022年2月27日〜2022年3月29日
【ブチャ】2022年2月27日〜2022年3月31日
激しい空爆や銃撃戦、地雷などで街は破壊され、中には銃殺された人も沢山いて酷い状態だったようです。
今はロシア軍が撤退して平和を取り戻しております。
お客さん(ウクライナ人)の案内のもと、イルピンとブチャに踏み入ることが出来ました。
沢山写真を掲載しておりますが、
お客さんに確認した上で写真撮影しております。
また、イルピンやブチャの街の様子は他にもニュースサイト等で沢山上がっているため、
不用意な写真撮影では無いことをご理解下さい。
最初に踏み入れたのはイルピン。
キーウからイルピンの街に入ってすぐの道路脇に突如と現れたのは、負けたロシア軍の戦車。
フェンスに覆われたこの場所に6-7台ぐらいの焼け焦げた戦車が置かれていました。
のどかな街にいきなりこんなものが現れたため、かなりの衝撃でした………。
ロシアの戦車といえば2019年のロシア旅行でも出くわしました。
これはジョージアとの国境近くウラジカフカスより少し北のエリスタと言う街で目撃しました。
この戦車に乗っている人達もウクライナ戦争に駆り出されてしまったのだろうか。
ロシアで出会った人達は皆とてもいい人だったので、こういう戦争を目の当たりにするのはとても辛い現実です。
次は場所を移して、ウクライナが自ら破壊したイルピンとキエフを結ぶ橋。
何故、破壊したかと言うとロシア軍が北(イルピン、ブチャ)から首都キーウを攻め入るのにこの橋を渡る必要があるから。
キーウを守るためにもこの橋を破壊することはとても重要だったのです。
イルピンの住民も逃げるのに必死。
いつやってくるか分からないロシア兵に背を向け、この破壊された橋の下を通ってキーウまで逃げ込んだのです。
この橋を含むいくつかの橋(確か全3箇所?)を爆破したおかげでロシア軍によるキーウへの進出は叶わず、ウクライナ軍によって負けてしまったのです。
次にやってきたのは、イルピンの中でも特に酷い戦場の舞台となったこの場所。
ロシア軍はこの奥からキーウに向かって攻めてきました。
今は道路も再建されかなり綺麗になっていますが、ロシア軍が去った当時はかなり荒れ果てていたようです。
ここから生々しい戦争の爪痕が出てきます。
こちらは塹壕。
ここにロシア軍が隠れて激しい銃撃戦になっていた模様。
営業しているもののガソリンスタンドもボロボロ。
元カーテン販売店。
民家のフェンスに撃ち込まれた銃弾跡。
マシンガンで打ち込まれました。
こちらはサッカースタジアム。
爆撃を受けて屋根がズタボロに。
少し道を外れた所でもこの有り様。
最後に動画にてイルピンとブチャの街をご紹介します。
痛ましい現実を目の当たりにし、どれだけ多くの人が被害にあったのかと思うと心苦しいものがあります。
こんな事があっても、ウクライナの人はとても前向きで向上心が高いです。
皆、明るくパワフルで「より一層力を合わせて復興させるぞ」と言う気持ちが伝わってきました。
今回の旅でもっとウクライナが大好きになり、もっと知りたいと思いました。
まだ戦争は終わっていませんが、
ウクライナ全土の平和が早く訪れることを祈ります。
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読売新聞によるイルピンとブチャの記事