平野秀典著感動力
より 続き


悲しみを流し、
醜さを流し、
うれしささえも流し、
感動さえも流す、
とらわれず、
味わって、
ただ、流れを慈しむ。
時おり光を反射しきらめくとき、
水の美しさを知る。
世阿弥が言った「住する所なきを、まず花と知るべし」。
停滞をせず、
力ずくで頑張るのでもなく、
流れるごとく、
日々の「自分越え」を楽しむ。
1年後には自分をはるかに越えた自分との出会いを心の糧に、
命の更新をはかるうれしさ


「心友」佐藤さんの返信

人の心は水のようなもの。
そこには自他を浄化する流れと大いなる受容がある。
自分しだいで自他を腐らせることも拒絶すつこともできるし、
浄化や受容もできる。
水も心も流れるから美しいもの.........。
そこにこだわりも迷いもない。
淡々と流れていく心がたくさんの流れるこころと交わるとき、
その流れは勢いを増し、大いなる潮流となる。
その潮流こそが、信頼であり、感謝であり、感謝であり、愛の流れである。
潮流は、すべてを流しつつ、淡々と受容を生む。
水の如く流れる心と受容とが、さらに循環と創造を生み、
新しい気づきと生命を生む。
水も心も、大いなる創造の源である・・・・・・・と。


豊かさ(affluence)とは、流れること(afflure)という語源から
きています。
まさに流れる水のごとく、豊かに心を保ちたい。
「感動・感激・感謝」という豊かさをとことん味わうために。


いい言葉だと心に響いたので、ぐぐってみると
「人の心に宿る思いは、深い水のようだ。しかし、聡明な人はそこから汲むだろう。」
ということばが「旧約聖書」にあるという。

ひとのこころを水にたとえる表現は、昔からあったのだ。勉強になりました。