初日はここまで作り、
以来、毎日学校から帰ると黙々と一人で作業していました。
そして、5日間作業をして、今日、完成![]()
泉の水のグラデーションや、柱の雰囲気など、とても素敵なLEGO作品だと思います。
一人でやり切った下娘、頑張りました![]()
初日はここまで作り、
以来、毎日学校から帰ると黙々と一人で作業していました。
そして、5日間作業をして、今日、完成![]()
泉の水のグラデーションや、柱の雰囲気など、とても素敵なLEGO作品だと思います。
一人でやり切った下娘、頑張りました![]()
数年ぶりに入江塾に関する書籍を読みました。
1986年に閉塾するまで約30年間の入江先生の"教え"を20の法則として改めてまとめた本書。
昭和の"おおらかさ"を先ず、本書から感じました。
中学受験で失敗して浪人し、そのような浪人含めて高校受験生を集めて夏期1ヶ月間離島でキャンプをし、人間力を養うなどということは、現在、私塾であっても中々やれないですよね。
仮に今、そのような塾が目の前にあったとしても、親として送り込む勇気は持てません 苦笑
一方で、受験に汲々とせず、回り道が許される時代全体のおおらかさは羨ましく思いました。
受験受験・・・と単視眼になり、"小粒化"していく親や子を見ながら、それに教育者として抗うチャレンジが、入江先生の一つ一つの取り組みだったように感じました。
以下、備忘録メモです。
p.28-31
子どもが、学業の世界で、思うとおりの成績を上げられないのは、大半、親の責任に帰するとつねづね思っている
〜
条件の第一は
〜
70人に1人の一流大学へ進学させるということ自体、国民全体のための義務教育である中学校の教育目的からは、明らかにハミでてしまっている
〜
クラスの他の子がどんなことをしているとか、どんなに要領よく得点するかなどは一切考える必要がない
〜
第二の条件は
〜
高校から大学への学校制度のあり方、実態を、親自身の目と耳と足で、正確に研究、確認しなさい、ということである。
〜
第三の条件は、子どもたちは小学校を卒業してから6年目に大学を受けるのだから、この6年間を一貫した視野で見つめていただきたい、ということである。
〜
第四の条件は、子どもを一流大学への軌道に乗せることと、現在の中学校の成績とは、ほとんどなんの関係もないのだということを、親は強く信じなければならぬということである。
p.34-35
基礎固めの期間は、高校1年と、中学3年の2ヶ年
〜
ご父兄は、この観点から一度、自分の目で直接、大学入試問題を調べてみていただきたいのである。
〜
自分の子どもに確実に、大学の門をくぐらせるためには、どれだけのことを、どの程度させねばならぬか
〜
小学校6年間がアッという間に過ぎ去ったように、大学への6年間もアッという間に過ぎ去っていくものであることを、どうかお忘れにならないでいただきたい。
p.60-61、67
母親が、子を責めないで、自分を責めるようになれたとき、
〜
一番大切な信頼の念が、母親の心に湧いてくるのである。
同時に、それは、目先の事象にもあまりとらわれなくなるときでもあろう。
〜
"完走者"の母親には、単なる高校入試などにはこだわらない、どこか大きくかまえた、たくましいところがあったのではなかろうか。
これもやはり、わが子への深い信頼のあらわれであったと、私には思える。
〜
子どもは決して持って生まれた才能のみで伸びていくものではない。
"いかに妥協なく突き進んでいくか、または、進ませるかにあるのだ"
p.102、104
初期には、灘高へ行きたいために伸学社へ来るというような生徒は一人もいなかった。
ただおもしろい勉強を自分でやりたいために来ていたのに、このころから、自然に、灘高へ行きたいために伸学社に来るという生徒が増えてきた。
だが、これは、一面からいえば、伸学社の生徒を次第に小粒化していく、おそろしい傾向であったとも言える。
努力目標のすべては灘高突破にある、というような狭い軌道がいったん心に敷かれてしまうと、不思議なもので、他のことは一切考えられなくなり、いろいろな精神的弊害が生まれてくる。
彼らの行動から必然的に活発な創意工夫が失われ、保身的な消極人間、受け身人間になってしまう。
〜
余力を持って対象を乗り越えようとするならば、むしろ、その対象を無視超過して、より高度な学習に虚心に飛び込むことだ
p.107-108、113
例えば、英文法を取り上げて、"投網学習法"を説明してみよう。
先ず、一冊の問題集"英文法基礎演習"を、苦しくても最初、3ヶ月で仕上げてしまう。
重ねて2回目は、1ヶ月半で繰り返す
3回目は20日でできる。
4回目は10日
入試直前には、全体がわずか2日で総復習をしてしまうことができる。
理解もその度に密度が増しているから、どこを取っても理解が強靭になっており、''ヤマ"をかけた勉強とはケタ外れの実質的効果をもたらす。
〜
合格というものは単なる結果にしかすぎないもので、決して目的とはなりえない。
〜
傾向を忘れ、対策を忘れて、ただただ努力を積み上げていく
〜
何も入試だけが淘汰ではない。
人生には、その後も、あらゆるところで淘汰が待ち受けているのだ。
そのいずれも堂々と乗り越えていかねばならぬ。
そのための本当の人間の力を、受験という人生体験を通して、着々と身に付けなくてはなるまい。
p.140、142
自由気まま、過保護にいたわれながら育った子は駄目ですね。
小さい時から、自分をおさえる力を身につけてきた子は幸福です。
ほんとうに、2人とも私の子どもですのに・・・。
子どもって、先生、親の苦労とともに成長するのが、たくましく育っていいですね。
親に余裕ができてくると、駄目です。
〜
我意をおさえ、外部からの誘惑、あるいは圧迫と戦う持久力を身につけるということは、決して一朝一夕の修行でできるものではないのである。
なるべく早い年代から、その修練のスタートを切っていかねばならない。
p.144
どんなことについてでもよい。
"オレはできるんだ"
"ボクは誰にもヒケを取らない"
という自信が身につけば、途端に子どもは強くなる。
姿勢がシャンとする。
それこそ、どんな小さなことについてでもよい、"ボクには自信があるのだ"と思う心が、人間をたくましく育てあげる最大のエネルギーなのである。
p.209-211
天声人語書写し
⭐︎言葉のニュアンスを知る効果
→半分の長さに要約
⭐︎テーマを捉えて、そのテーマ中心に書かれている事柄をアレンジし直してまとめる力を養う効果
→感想文(登場人物の気持ちを分析して書くなど)
⭐︎自分なりの文章を作成できるようになる
p.224
1年生には2-3年生の教材で、2年生には全中学の教材で、3年生には高校の教材で
p.228
遮二無二暗記するという学習態度だけは、ぜひ捨て去るべきであろう。
同じ公式を覚えるにしても、必ず、覚える前に、"なぜ、この公式が成り立って、これはどんなことを意味しているのか"と、冷静に理論づけてから、はじめて記憶の段階に進む習慣を身につけなければならない。
p.264-265
入江先生というと、受験のテクニカルなコツを教えてくれる神様のような受け止め方をされていたような様子がありますが、それは全くの間違いであったように思います。
入江先生は、私以上に「私の可能性」(正確にいえば、「全ての子どもの可能性」)を信じてくれた先生でした。
小手先のテクニックを伝授するのではなく、可能性を信じ、それが十分に発揮できるような環境を整え、叱咤激励して前に進ませたのです。
決して前に回って道を整備したり、近道を教えたりするようなことはせず、むしろ荒地やぬかるみへ放り出すようなアプローチの教育であったと思います。
先生が「一流校の入試ほど、学力でなく人を見る」とおっしゃったことがあります。
〜
最後に受験に勝利するのは、頭が固くて不器用だけれど、地面をはいずるように地道な勉強を積み上げていく、カッコ悪い生徒でした。
〜
先生の頭の中にあったのは、「ノブレス・オブリージュ」(恵まれた立場にある者は、その分だけ社会に貢献する責任がある)であったと私は考えています。
ー入江先生と私 株式会社美々卯社長 薩摩和男ー
2026年 5冊目