当たり前


背番号38番の今井愛(いまいまなみ)です。うまく文を書く自信はありませんが、一生懸命書くので、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

皆さんにとっての「当たり前」は何ですか?生きていることや、学校に通っていること、仕事をしていることなど、たくさんあると思います。私は今回、私にとっての「当たり前」についてお話ししようと思います。

私の人生で、当たり前を大きく変えた出来事が2つあります。一つ目は、新型コロナウイルスの流行です。コロナ流行り始め、私は中学3年生で、あと少しで卒業という時期でした。その頃には地元の青森県を離れ、山形県の鶴岡東高校に通うことが決まっており、小学校、長い人は保育園からずーっと一緒に学校生活を送ってきたみんなとのお別れが迫っていました。
そんな中、国から出された全国での休校の要請。私は死ぬほど泣きました。まだ、卒業式や送別会もしていないのに、最後の給食のお祝いケーキだって食べていないのに。何度も何度も休校にならないように神様にお願いしていました。しかし、そのお願いも虚しく、次の日から早速休校となり、次にみんなで顔を合わせたのは、卒業式のときでした。みんなとマスクをしながらめちゃくちゃ泣いたのを今でも覚えています。この時、「当たり前」にみんなと過ごしていたこと、「当たり前」に卒業式をすることはとてもすごいこと、嬉しいことなんだと実感し、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

もう一つは父の存在です。父は私がソフトボールを始めたきっかけを作ってくれた人でした。私は父が楽しそうに野球をしている姿を見て、ソフトボールを始めました。また、よく家に父の友達が来て、どんちゃん騒ぎをして、楽しんでいる姿にも憧れていました。また、私は父に怒られたことがありません。本当に甘やかされていたと思います。私はそんな優しくて、かっこいい父が大好きでした。しかし、私が小学3年生のときに、父は亡くなりました。家に帰ってきて、お風呂を上がってすぐ、冷凍庫で冷やしていたジョッキにビールを注いで唇の上に白い髭を作っていた父、休日一緒にキャッチボールをしてくれた父、お花見の時には肩車をして桜を触らせてくれた父。そんな大好きで優しい父ともう会えないのだと、話せないのだと分かった時、人と共に過ごせる時間は限られていて、「当たり前」ではないことを知りました。

人は「当たり前」がないことに気づかず、気づくのはその「当たり前」を失った時です。それに少しずつ気づくことが大切なんだと思います。私は今、当たり前にソフトボールができることに感謝をし、忘れないようにグローブの親指の部分に父の名前である「大」を入れました。苦しいこと、辛いことがあったらその文字を見て、頑張ることが出来ています。

大学生になり、2023年が終わりに差し掛かってきました。まだまだ未熟な私ですが、やるからには勝ちたいと思っているので、少しでもチームに貢献できるように、同期16人と一緒にこれから頑張っていきます💪いつも応援してくださり、ありがとうございます!引き続き応援よろしくお願いします!!最後まで読んでいただき、ありがとうございました🙇‍♀️