背番号22番土居愛果です。
今シーズンも沢山の応援ありがとうございました!
10月に佐賀県で行われた全日本総合で引退し、12年間のソフトボール生活が終わりました。
この4年間はすごくあっという間で充実していました。
12年間のソフトボール生活が終わったのでソフトボール人生を振り返りたいと思います。
ソフトボールを始めた時は、グローブを投げ捨ててボールを追いかけているクソガキで、ソフトボールを初めてすぐIPUのグランドに来て、指導していただいたことがあります。その時の記憶は全くありませんが、自分がIPUにきたのは何かの縁があるのかなと思います。
始めた頃は遊び感覚でやっていたソフトボールでしたが、気づけば夢中になっていました。地元の中学校にはソフトボール部が無く、どうしてもソフトボールがやりたいと思い、少し離れた中学校に行きソフトボール漬けの3年間を過ごしました。高校卒業後は、もーソフトボール辞めたいな〜。と思っていましたが、最後の夏にすごく悔しい思いをし、このままソフトボールを辞めるのは嫌だなと思いIPUに行くことを決めました。
IPUに入ってからは、コロナウイルスの影響で今まで当たり前にやっていた事ができなくなりました。練習も思うようにできず、大会もなくなり、ソフトボールと少し離れたような感じがする生活でした。
2年生になり、徐々に今まで通りの生活が戻ってきて初めての西カレ、インカレを経験しました。西カレでは、この4年間で1番悔いが残る大会になりました。東海学園戦タイブレークの場面で2塁ランナーの代走で試合に出場し自分の走塁ミスでチームは負けてしまいました。その時に代走という役割はとても大事で、チームの勝敗を左右するんだなと実感しました。
3年生になり進路のことも真剣に考えるようになりました。自分は今年でソフトボールをやめて警察官になる為、勉強に専念しようと考えていました。ですがインカレで日本一をとれなかった悔しさと、競技を続けながら勉強し合格すれば警察官になってからもこの経験は無駄にはならないと思い両立する事に決めました。
勉強との両立は想像以上に大変でした。毎朝早くから学校に行き勉強をし、練習に行って終わったらすぐ学校に戻って勉強するという毎日で、ほんとに毎日があっという間に終わっていき気づけば4年生になっていて大会と試験の日にちが重なり、最後の年は、西カレ、インカレ、全日本総合しかみんなと一緒に戦うことができませんでした。
最後の1年はソフトボールよりも勉強でした。勉強ばかりで練習ができなくて、今までは早く辞めたいと思っていたソフトボール。毎日嫌々行っていた練習なのに、早く練習に行きたいと思うようになっていて自分ってほんとはソフトボール大好きらしいです。
勉強との両立を最後まで頑張れたのは同期、後輩、先生、りほさんのおかげです。
毎日練習が終われば片付け、整備もせず学校に戻っていたのに毎日頑張れと声をかけてくれる同期や後輩がいたから最後まで頑張れました。本当にありがとうございました!
そして一緒に勉強を頑張った勉強組の3人、両立を頑張った小寺のおかげで大っ嫌いで、苦手な勉強も毎日頑張ることができました。
そして、2人とも第一希望に合格することができました。
新たなスタートラインに立つことができたので、次の目標に向け今まで以上に頑張りたいと思います!
IPUに来て色々な人と出会い、沢山のことを学びました。そしてソフトボールが大好きな仲間達と一緒に戦うことができて世界一幸せでした!
ありがとうございました!
IPUにはソフトボールだけでなく夢に向かって勉強を頑張っている後輩たちもいます!
それぞれの夢に向かってみんな頑張っています!
今後もIPU女子ソフトボール部の応援よろしくお願いします!




