『辛い時こそ笑え』My style
こんにちは👼
背番号25番、4年生の宗葉月です。
いつも笑顔な理由
 私は生まれたときから笑っている。私はよく何を言ってるの?宇宙人?といわれる。確かに私はアホだと思う。なんでか?泣いていても笑っている。辛くても笑っている。ツボが浅くてウツボになりそうなんつって。
冗談はさておき、私が皆さんに伝えたいこと「辛い時こそ笑え」

 私は2020年8月25日「葉月の背番号」の日におじいちゃんがこの世から命を絶った。
私は大号泣した。初めて親元を離れて岡山に来て半年、コロナも拡散して不安だらけの年で頭が真っ白になった。葬式でおじいちゃんの顔を見ると「笑っていた」私はまた泣いた。病気でしんどかったはずなのに笑っていたおじいちゃんを見て、私は心に決めた「辛い時こそ笑え」。
これはおじいちゃんから私に残された宿命だ。
おじいちゃんの最後には会えなかったけど、私はこう伝えたかった。「ありがとう。大好き」
私は、高校で左足前十字靭帯の手術をして後悔が残り、ソフトボールで日本一になるためにIPUに来た。しかし、2021年9月3日右足前十字靭帯断裂。両足前十字靭帯断裂。私のような人生どん底の経験している人は世の中にいるのだろうか?病院で診察受けて前十字靭帯断裂と聞いて初めて人の目を気にせずに大号泣した。外を出ると雨が降っていた。伝えたいことをメモに書いて先生に電話をしたが身体から痙攣して震える声で話もできないくらいに伝えた。「先生は落ち着いたらグランドに来たらいいよ」と言ってくれた。とても嬉しかった。もう人生どうでもいい、びしょ濡れになりながら私は過去1泣いた。びしょ濡れの私に声を掛けてくれて傘を貸してくれる人もいたが言葉も出なくて通り過ぎた。お母さんに部活辞めるかマネージャーになるか相談した。1番に私の気持ちに寄り添ってくれて「人生これから葉月の好きなようにしたらいい」と言ってくれた。
グランドに行くと先輩、同期、後輩笑顔で迎え入れてくれた。私はマネージャーになる決意をした。辛い過去を乗り越えてチームを一緒に支えてきたマネージャー陣「おつぼね」の存在は私にとっての居場所だった。私の周りはいい人がいっぱいだ。幸せ者だ!このような環境でソフトボールが出来たこと、私の宝物だ。
だから、私はしんどくても顔に出さない。しんどい時こそ、その一瞬を楽しんでいるからだ。私はこれ以上にも辛い経験を沢山しているが毎日が楽しくて仕方がない。それは、IPUに来て出逢えたかけがえのない存在の人たちのおかげだ。
私は心の底からこう思うIPUソフトボール部に来てよかった。このメンバーで絶対日本一になる。
最後に一つだけ伝えるとしたら、辛いことなんて一瞬1年後には思い出になる。だから、今辛くても笑え!!一度きりの人生楽しんだもんがち。
だから、私はふざけて友達と笑うことが大好き。

地球の裏まで行ってしまうのではないかと思うほど長い文章にはなりましたが、最後まで見てくださった方ありがとうございます。