むすこ“コビトくん”が生まれるまで その2
2011年4月 切迫流産で入院
4/1 妊婦検診の少し前くらいから、お腹がたまにチクチクする感じがして
いました。「ここのところ便秘だったし、そのせいかな?」なんて自己判断
していたのですが、数日たっても治まらず。むしろ、余計に痛くなってきて
いるような・・・
4/4に受診し、血液検査をしたところ白血球の値が高いとのこと。
実は子宮筋腫がいくつかあったのですが、その筋腫が炎症を起こした
らしいのでした。
子宮筋腫は、30代女性の4人に1人にはあると言われているらしく、
あるだけなら問題はなく、妊娠中でも特に何の治療もしないようです。
ただ、今回は炎症を起こしたので、抗生剤とお腹の張り止めを飲んで
経過をみることになりました。
4/8、もらっていた薬を飲んで様子をみていましたが、痛みは取れず。
再び受診すると、血液検査の結果も良くなく、即入院となってしまいました!
トイレ以外で動くこと禁止で、食事も上げ膳据え膳。ベッドの上でおとなしく
過ごし、その甲斐あって5日で退院できました。
しかし、仕事に行っていいとは言ってもらえず、ひきつづき自宅療養と
なりました。
お腹の中のコビトくんは、4/11に初めて胎動を感じました(≧▽≦)
2011年5月 出血 ・ 絨毛膜羊膜炎の疑い
4月下旬から仕事復帰でき、体に無理がかからないように気をつけながら
過ごしていたのですが、ある朝出血!
仕事を休み受診をすると、「出血は少量で止まっていたので心配ないけど
お腹の張りが強すぎる!入院した方がいいくらい!」とまた入院の危機に。
自宅で安静にすることを約束し、家に帰って来れましたが、再び安静生活に。
また、「絨毛膜羊膜炎」という疾患の可能性があるということで、念のため
エラスターゼ検査という検査をして帰りました。
「絨毛膜羊膜炎」は大変な場合、破水をして早産となってしまうこともある
そうで、検査結果が出るまでの数日間はインターネットで集めた情報で
ヒヤヒヤハラハラしながら過ごしました。
数日後、産婦人科から電話が!
「検査結果は陰性だったけれど、少し値が高め。子宮筋腫の炎症で入院
してたこともあるから、予防として薬で処置しておくことをお勧めします。」
ということで、ミラクリットという薬を使って5日間連続の処置をしてもらい
ました。
処置後の検査では、見事陰性に。
ホッとしたものの、お腹の張りとは結局出産直前までのお付き合いとなり
ました。
2011年6月 自宅療養 ・ 派遣の仕事終了 ・産休育休の取得の行方
4月の入院以来、仕事復帰してはまた新たなトラブルに見舞われて仕事を
休まざるを得ない状態を繰り返していました。
お腹の張りもずっと続いていて、張り止め薬「ウテメリン」を愛飲(?)。
5月の出血のあとから6月中は、ドクターから自宅安静の指示も出たため
ほとんど仕事を休むことになりました。
派遣の仕事とはいえ、3年間続けた仕事。締めくくりのこの時期に、きちんと
仕事をまとめられないのはとてもやるせなかったのですが。。。
結局、体調がわりと良かった日に、デスク周りや荷物の整理、後任の派遣
さんに簡単な引き継ぎを行いに1日出勤しただけで、終了となりました。
心配だった産休育休取得の行方ですが、これまでの間、労働基準監督署や
社会保険労務士の労働相談電話で相談したりしてきました。それをふまえて
何度も何度も派遣元営業さんを通じて派遣元と交渉して、なんとか取得できる
はこびとなりました!
労働基準監督署などで相談した時に言われたことは、産休開始時に派遣先
があるかどうかではなく、派遣元と雇用契約が7月以降も続いていれば取得
できるということでした。
非正規労働の危うさを妊娠出産のこの機会で感じることとなりましたが、
「過去の私が選んだ結果だ。次に仕事をするときは、将来を見据えて仕事
を考えなければ」と思いました。
しかし、今回産休育休を取得できたのも、派遣元はもちろんですが、一番は
営業さんがこの営業さんだったからこそだったと思います。
女性で、お子さんがいる営業さんだったのです。子どもがいながら仕事を
している方だったから、私のような"産休開始目前で仕事が終了してしまう”
というケースでも、派遣元内でなんとか取得を認めてもらえるよう交渉して
下さったのだと思います。
営業のKさんには本当に感謝です。
お腹の中のコビトくんは、これまで向きの関係で性別がよく分からなかったの
ですが、6月末の妊婦検診で男の子であることが分かりました(^∇^)
男の子でも女の子でもどちらでも嬉しかったけど、名前を考えたり赤ちゃん
グッズを揃えるのに男の子であることを意識して準備できるようになりました。
つづく