米アップルがスマートフォン「iPhone」用OSの最新版「iPhone OS 4」の発表に合わせて4月8日にリリースしたソフトウエア開発キット「iPhone OS 4 SDK(ベータ版)」が開発者の間で波紋を広げている。iPhone用アプリケーション開発の根幹にかかわる規約変更が含まれていたためだ。

 議論となっているのは規約のうちの2点。1つは、iPhone用アプリがアップル独自のプログラム言語環境で書かれている必要があるという内容。もう1つは、何らかのツールなどを使って他のサービスのAPI(アプリケーション・プログラム・インターフェース)と連携するアプリは承認しないというものだ。

 これを厳密に解釈すれば、サードパーティー製のツールをiPhone用にコンパイルする形で開発したアプリは、条件を満たせないことになる。アップルとの対立が取りざたされる米アドビ・システムズはフラッシュのアプリをiPhoneで動作させるツールを販売しており、それを認めないように狙い打ちにしたのではとも言われている。

 しかし、アドビに限らず、iPhone用アプリにはゲームエンジンなどさまざまなツールが使われている。アップルがどこまで本気でこの規約を適用するかは明らかでないが、今回の規約変更に振り回されかねない企業は少なくない。


注目されていた欧州系ゲームエンジン開発会社

 Unity Technologiesというスウェーデン系の3Dゲームエンジン開発ベンチャーもその1つだ。iPhone用アプリ市場の急拡大に乗る形で成長したが、今回の変更で存続を揺るがしかねない問題に直面した。

 この会社は元々、「Mac」用ゲームエンジンの開発でスタートしたという意味で珍しく、さらに米国製が大半を占めるゲームエンジン市場では数少ない欧州勢として注目されていた。

 現行製品の「Unity for iPhone」は、ハードウエア1台あたりわずか300ドルで販売されており、フルバージョンの「Pro版」でも1200ドルと同水準のゲームエンジンに比べ格段に安い。同社サイトからのダウンロード数は、無料版も含めると10万件を超え、3Dゲームを開発する独立系企業のうち半数はUnity for iPhoneを使用しているとの推計もあるという。

 大手ゲーム会社の採用例も多く、米エレクトロニックアーツ(EA)は、ゴルフゲーム「TIGER WOODS PGA TOUR」のiPhone版でUnityを利用している。EAはこのシリーズをブラウザー上で動く「TIGER WOODS PGA TOUR Online」としても展開しており、こちらもUnityを使っている。


最新版をリリースする矢先に・・・

 Unity Technologiesは、今年3月に米サンフランシスコで開催されたゲーム開発者会議「Game Developers Conference 2010(GDC 2010)」で、今夏公開予定のゲームエンジン「Unity 3」を発表した。この最新版の最大の特徴は、パソコンだけでなく「プレイステーション3(PS3)」や「Xbox360」「Wii」といったマルチプラットフォームにボタン1つで完全対応する点だ。つまり、1つのゲームを家庭用ゲーム機からブラウザーゲーム中心のソーシャルゲームまで幅広く展開することが可能になるわけである。

 これはいまのようにゲームのプラットフォーム競争が混沌としている時期には、特に大きな意味を持つ。ゲーム会社は複数のプラットフォームに対応させることでリスクを分散したいと考えており、Unity 3は大ヒット製品に育つと見込まれていた。ところが、今回の規約改定が厳密に適用されれば、iPhoneではUnity 3を使ったアプリを展開できないことになってしまう。

 iPhone OS 4が発表された直後の4月10日、Unity Technologiesのデイビット・ヘルガソン最高経営責任者(CEO)は公式ブログで困惑気味に書いている。「iPhoneのエコシステムに大きな価値を加えてきたものをシャットダウンするのを、アップルは望むことはできないだろう」

 公式サイトにはこのトピックについて1400以上の投稿が寄せられ、議論が白熱している。14日には「今後アップルと協議する」「新しい情報が入り次第伝える」との趣旨の書き込みがあるが、先行きはまだ見えない。

DNAの出資先も同じ問題に直面

 同じような問題は、iPhone向けのソーシャルゲームに「Open Feint」というシステムを提供している米Aurora Feint(カリフォルニア州)も直面している。

この企業には「モバゲータウン」を運営するディー・エヌ・エー(DNA)が出資しており、ハドソン、タイトー、バンダイナムコなど日本のゲーム会社での採用例が多い。ところが、アップルは今回のiPhone OS 4に合わせ、「Game Center」というほぼ同じ内容のサービスを提供すると発表した。「友達を誘う」「ランキング(リーダーボード)」「実績」といった機能は完全にOpen Feintと重なっている

 Open Feintは独自のAPIを様々なゲームに組み込む形で使用されている。そのため、アップルが規約を厳密に適用すれば違反となるだろう。場合によっては、全面的に使用できなくなる可能性もある。

 同社は公式サイトで、「Open Feintの機能を使い続ける意味があると、(ユーザーに)保証したいと望んでいます」と述べるにとどまり、今後の具体的なメドはたっていない。

「ひも付きデバイス」時代の新たな競争

 アップルがどのような態度に出るにせよ、今回の騒動は「ひも付き」デバイス時代を象徴する出来事といえる。iPhoneをはじめとするインターネット接続型のハードウエアは、ユーザーに販売された後もコンテンツ配信という仕組みでメーカーのひも付きになる。iPhoneというエコシステムの一翼を担ってきた企業でさえ、アップルのさじ加減一つで簡単に切り捨てられるリスクがあるのだ。

 一方、ユーザーもソフトウエアの継続的なアップデートを受けられるメリットの代償として、アプリの採否の決定権をアップルに委ねざるを得ない。アップルがあるコンテンツをオンライン配信サービスの「App Store」から排除すると決めれば、ユーザーは手に入れることができなくなる。

 アップルは、米グーグルの携帯向けOS「Android(アンドロイド)」や米ソーシャル・ネットワーキング・サービス「Facebook」など、オープンなプラットフォームと競わなければならない。こうした厳しい規約を提示することで、開発会社を自社プラットフォーム内に囲い込む戦略に出ざるを得ないということだろう。デバイスのひも付き化が進むにつれ新しい競争原理が働き始めており、今後同じようなことが起きたとしても不思議ではなくなっている。

日経 2010/4/18 ゲームジャーナリスト 新 清士