名前って凄いです。検索エンジンに引っかかりたければ絶対変な名前付けちゃいけないですよ。みんなの眼鏡屋さんってのは便利なもので、もう、服部メガネとか、イプシロンとかじゃなくて「みんなの眼鏡屋さん」って名乗った方が良いじゃないかって。
しかしながら有難いコトで、服部メガネは125年、イプシロンは20年くらい続いています。今では全国に顧客を持ち、ちょっと有名になりました。
でも油断するとすぐ知らないヒト増えちゃうんです笑。ボクが戻る前の服部メガネ、知ってるヒトの方が少ないんじゃないかなって思うくらい。某お船の営業の方に普通に言われました。「大丸前にそんな店ありましたっけ?」今ではその会社が無くなりましたけど。
ミニマムツーリズムの話を2個前のブログで書きました。世界中のヒトって旅行大好きなんです。ボクも地球の裏側に行ってみたいとか欲求に駆られます。衝動か。
悪魔の呪文みたいなコトバがあって
「お店にちゃんと居ないとお客さん逃げちゃいますよー」って。
そうウチの母親が実は自分の義理姉に呪文をかけられてました。なんか優しいアドバイスのような土地にヒトを縛りつけるワードです。
いろんな場所に旅をして初めて自分の生きてきた道を知ります。ボクにとって東日本の震災のあとに訪れた東北の街マチがそうです。
何故産まれて、何を抱いて死ぬか。
言わば福島に行くコトなんて、ハワイアンに行くコトなんて想像もしていませんでした。気仙沼にも、女川にも、小名浜にも。神戸生まれ、岡山、東京で学び、神戸に戻ったニンゲンに東北に行くって選択肢はまあまあ無かったはずです。
会いたいヒトに会いに行く。
シンプルな衝動がヒトを動かす。
みんなの眼鏡屋さんも20年もやってると冗談みたいに赤ちゃんだった子が当然のように成人する姿を見ます。ウチのお客さんもウチのかのんとトーマの成長を見てくれてます。
ヒトは生まれ育った場所からなんらかの事情で旅に出ます。そしてルーツを感じるために帰郷します。
メガネの買い換えのサイクルは3年から5年って言われています。例えばA店でメガネを買って、今度はB店でってやってると実はA店にお客さんが戻ってくるのは6年から10年掛かります。
なので皆さまのA店になるためにはかなりのインパクトと偶然のハプニングが必要です。あと何らかの関係性です。
嫌われて店を移るケースもあれば、欲しい商品が無いから違う店で買うコトもあります。
あとは転勤してくるコトで面倒を見てくれる眼鏡屋さんが必要になります。
あのコーヒー屋の専務はメガネのシリコンパッドが取れたのにまだ修理に来ません。
って思ってたら他の店で付けてもらってるかもしれません。
そんな想像をしながら皆さまのお越しを首を長くして待っています。そう、店にいないとそんな想像も出来ません。
しかしながら桃生町生まれのダンボール屋さんの社長は気まぐれで遊びに来た神戸の集団と仲良くなってしまったばっかりに、1000キロ以上離れた土地でメガネを買うハメになってしまいました。
そんなケースもあります。
やはり旅から社会は変わっていくんです。
インバウンドは人口減少社会で地域経済に圧倒的なカンフル剤となります。このCOVID19の影響下でも必ず戻ってきます。どこから戻ってくるか?それは近隣諸国からやってきます。日本がウイルスに対するワクチンや明確な復活プランを示せば自然と国境はまた開きます。
ボクが、信じて止まない、V字回復プランはそこにあります。
いきなり回復はしません。
プロセスとしての移動の自由の緩和のために政府はこの度、Go To キャンペーンを開始しました。このきっかけをミニマムでマイクロな所から出発した方が本当は良かったと思います。
どうするか?
隣接2県まで推奨するというプラン。兵庫県民は広島から滋賀まで、大阪府民は岡山から三重まで、とかエリアをくくり、そこへの楽しい旅行の姿をコンペする。
近くのエリアをみんなが推奨するコトで他の地域から見た自分たちのエリアをブランディングする。そんなキャンペーンにすれば良いんです。
ボクはこの度の東京の移動制限というのはやはり衆愚政治というか、無駄なポピュリズムだったと思ってます。東京都民も山梨から茨城までとエリアを区切ったら楽しい発見をするチャンスしかなかったと思われます。
それを踏まえた上でのエリア医療の充実をはかれば良かったと。
あちこちで起こった、Covid19の患者への差別、他府県ナンバーのクルマに対する石投げ、自粛警察、自粛警察を取締る警察、悲しいです。同じ国に住んでいて恥ずかしいです。困っている時はみんなで助け合うんじゃなかったんですか。
一部、私権を制限し、行動指針を徹底する。
なんか手法に囚われすぎてやらなければならなかったコトに目が向かなかったのでは。
手洗いうがいを推奨して、熱を含めた体調不良があれば積極的に休むという当たり前といえば当たり前の行動指針だけでも良かったのでは、と今でも思います。
もともと品薄だったイソジンが無くなったくらいで、動揺してはいけません。ある時期ボクらはトイレットペーパーが手に入りにくくなり、マスクが人数分無くて、消毒液が枯渇したんです。時間が解決します。
ニューノーマルを感じながら実社会を適応させていく姿を世界にアピールするコトが多分経済の復興にもつながると思われます。
混乱してるところに誰が行きたいと思いますか?
好んで行くヒトもいますけど。
今回の病禍は民主主義と資本主義に対するここ最近の流れに対する棚卸しというか、行動修正だと思っています。実際、ヒトが動かなかった4月、街の空気は澄んでいました。ゴミも吸い殻も少なかったです。それが行き過ぎた自粛と相互監視に疲れた、ちょっとしたホコロビが実は2波と言われていますが、ボクの中ではまだ1波プラスαです。
新型の新型が出てくるコト、1波に対する対処を上回る2波来た時にどう対処するか、どう受け止めるかが大切になってきます。
実はちょっと自分でさえも最近疲れが出てきました。夏バテかなって思うコトもあります。しかしこうゆう時こそ、ちょっとした息抜きをして、次のフェイズに立ち向かいたいと自身を鼓舞しています。
ミニマムツーリズムに対する準備、出来る範囲の設備投資、ニューノーマルへの適応が本当の社会変革です。
