讃美歌2編 175番
「深い河を越えて」
深い河を越えて さあ行こうよ
懐かしい 心のふるさとさして
御恵みの主の 救いと平和を
友よ さあ 受けよう
深い河を越えて さあ行こうよ
懐かしい 心のふるさとさして
黒人霊歌のこの賛美、ヨルダン川を越えて約束の地にさあゆこうという賛美ですが、本当に、この賛美は本当に歌ってて心がしびれます。
私の大学の大学祭での聖歌隊コンサートでも、この曲を賛美することになってます!
心をこめて賛美したいですね。
讃美歌2編 175番
「深い河を越えて」
深い河を越えて さあ行こうよ
懐かしい 心のふるさとさして
御恵みの主の 救いと平和を
友よ さあ 受けよう
深い河を越えて さあ行こうよ
懐かしい 心のふるさとさして
黒人霊歌のこの賛美、ヨルダン川を越えて約束の地にさあゆこうという賛美ですが、本当に、この賛美は本当に歌ってて心がしびれます。
私の大学の大学祭での聖歌隊コンサートでも、この曲を賛美することになってます!
心をこめて賛美したいですね。
あるとき、私が、ある友達のために何もしてあげられないって弱音は
いてたとき、クリスチャンの友達が、イザヤ書55章8、9、11節を教えてく
れました。
「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あ
なたがたの道と異なるからだ。―主の御告げ― 天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高
く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。・・・・・・
・・・・・・・・そのように、わたしの口から出るわたしのことば
も、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの
望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。」(イザヤ書55章8、9、11節)
そして、ここを用いながら、神様は確実な計画をもっておられるか
ら、癒しも、救いも、神様の計画の時に成し遂げてくれると
思うから、どぅ祈っていったらいいかはわからないけど…祈り続け
ていくことが大切なんだろうね、私も神様にゆだねて一緒に祈るね
って言ってくれたことがありました。自分は無力、何もできない弱
い友達だって思ってた僕は、あの時、すごく心救われました。
神様はすばらしいお方です。
御心にかなう祈りは必ず聞いてくださいます♪
しかも、神様にとっての最善の時に☆
一見、遅いんじゃないか?って思うかもしれないけど、
みなさん、悩んでいる人いますか?誰かのために祈っている人いますか?
あきらめずに祈りましょう、神様はずっと耳を傾けて聞いてくださっていますよ!
天が地よりも高いように、神様の道は、私たちの道よりも高
く、神様の思いは、私たちの思いよりも高いんですから!
「しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、
救いの望みをかぶととしてかぶって、慎み深くしていましょう。神
は、私たちが御怒りに会うようにお定めになったのではなく、主イ
エス・キリストにあって救いを得るようにお定めになったからです
。主が私たちのために死んでくださったのは、私たちが、目ざめて
いても、眠っていても、主とともに生きるためです。ですから、あ
なたがたは、今しているとおり、互いに励まし合い、互いに徳を高
め合いなさい。」(第1テサロニケ5章8~11節)
久しぶりの希望の御言葉です!!
およそ1ヵ月以上ぶりといったとこでしょうか・・・
この御言葉は、先週の私に与えられた御言葉です。
デボーションの中で与えられました。
ハレルヤ~感謝ですね。
今日の礼拝のお祈りでも読んだ箇所ですが、本当に、私たちは弱いものです。毎日生きてても、何が楽しいのか、何のために生きてるのか、わからなくなってしまうことも多いと思います。
しかし、どんなときでも、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととしてかぶっていようではありませんか!!!
私たちには神様がいます、神様がともにいて、私たちを助けてくださいます。
主こそ我が神です。
主と共に生きましょう!アーメン!
この賛美ができた背景を証します。KGK中四国主事Y主事が、ブログにて東京に向かわれることを書いた記事を読んで以降、Y主事に賛美のプレゼントをしたいって思いました。そして、そのために神様に祈っていたんですが、なかなか与えられませんでした。ある日、焼き肉屋さんの前を自転車で走り、焼き肉屋さんの目の前のセブンイレブンに向かっていたときでした。突然、「For Jesus」って言葉が与えられたんです。よし、この言葉をテーマに賛美を作ろうって思いながらセブンイレブンに入り、そして家についてこの賛美が完成しました。記念すべき50曲目だったんですね。するとできあがった歌詞を見ていたら、ビックリしました。そこには、「献」「仰」「望(注!!のぞむくんの漢字は臨です)」ってあるんですよね。間違いなく、これはY主事にプレゼントする賛美だと気がつきました。
私たちクリスチャンは、365日24時間、同じ空間にいることはできません。それぞれ通っている学校、職場、バイト先、サークル、部活様々だと思います。でも、どんなに離れた場所にいても、私たちの心は主にあって1つです。どんなに離れていても、私たちは同じ神の家族です!!
アーメンですよね?