「まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは1つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです。」(ヨハネによる福音書12章24~25節)
昨日のキリスト教概論の授業で、先生がお話になっていたことですごく感動したお話を紹介します。
先日、映画監督:新藤 兼人さんが100歳でこの世を去りました。
新藤さんは、サインなどを求められた際、いつもこのように書いていたそうです。
「一粒の麦 地に落ちて死なずば多くの実を結ぶべし」 新藤兼人
聖書では、「地に落ちて死ねば」と書いてありますが、新藤監督は「地に落ちて死ななければ」と言ってます。なぜ、新藤監督は、聖書とは真逆のことを言ったのでしょうか?
そもそも、一粒の麦とは、聖書ではイエス・キリストのことを指します。
この24節の直前に、イエス様は
「人の子が(イエス・キリストが)栄光を受けるその時が来ました。」
と述べています。
新藤監督は、青春時代を太平洋戦争末期の時に迎えました。
新藤監督は、次々に仲間を失っていきました。
そして、それから何年もの間、この戦争時代のことを忘れられずに生きてきて、そして、それを映画にし、戦争の悲惨さを伝えていきました。
新藤監督は、聖書を読んでいました。
そして、そのときこの「一粒の麦」の聖書の御言葉を読み、思ったそうです。
「自分のかわりに死んでくださったイエス様がいる。だから、自分は永遠のいのちを受けたんだ。神様にとって自分が生き続けることが神様の誉れなんだ」と
新藤監督は、苦しくても生き抜くことが、戦友たちから自分に課せられた使命と感じ、生き抜き、仕事をし続けることで、戦争の悲惨さを後世に伝えていったんです。
だから、新藤監督は、あえて「一粒の麦 地に落ちて死なずば多くの実を結ぶべし」と言ったのです。
故 新藤 兼人監督の働きに感動を覚え、感謝しつつ・・・・