少年サムエルは、天幕で祭司エリといっしょに住んでいました。
ある晩、寝ていたサムエルは、自分を呼ぶ声が聞こえました。
サムエルはエリが呼んでいると思い、走ってエリのもとへいき、
「ここにおります」と言いましたが、エリは「私は呼んでいない。戻っておやすみ」といいました。
ところが、再びサムエルは、自分を呼ぶ声が聞こえ、またエリのもとへいき、そして、また戻って休んでいると「サムエル」と呼ぶ声をききました。
エリは、そこで、サムエルが神様に呼ばれていることに気が付きました。
そこで、もう1度声がしたら「主よ、お話しください。わたしは聞いております。」というようにと言いました。
しばらくすると、神様はまた「サムエル!サムエル!」と呼びました。
そこで、サムエルは、
「主よ、お話しください。わたしは聞いております。」と言いました。
第1サムエル記3章(要約)
神様の声を聞いたサムエル、この話を読んでみなさんは何を考えたでしょうか?
神様は、みなさんにいつも呼び掛けておられます
「きみのことを愛しているんだよ、私はきみと一緒にいつも共にいるんだよ」
と、呼び掛けてくださっています
しかし、私たちは楽しいとき、嬉しいときであると、なかなかこの呼び掛けを聞くことができません。
どん底に落ちて、辛いとき悲しいときに、神様に嘆くとき、その時、神様の呼び掛けに気づき、ああ、神様が共に
いてくださったんだということに気がつきます
ですが、大事なのはそこではありません
神様の呼び掛けに気づいたとき、神様に答えることができるかどうかです
サムエルが答えたように
「わたしは、ここにおります。どうぞ、お話しください」
このように神様に答えることができるのかが大きな鍵なのです