“どんなときでも”
どんなときでも、どんなときでも、
苦しみにまけず、くじけてはならない。
イェスさまの、イェスさまの 愛をしんじて。
どんなときでも、どんなときでも、
しあわせをのぞみ、くじけてはならない。
イェスさまの、イェスさまの 愛があるから。
先ほどのブログでも書いたように、今日、私の教会ではイースター集会が行われました。
その時の、賛美ソロで賛美した曲のうちの1曲を今回は、そのときに喋ったそのままの形で紹介します♪
「どんなときでも」lこの歌詞は、イエス様を信じたひとりの女の子が――片足を切断する手術を四日後に控えたとき、ベッドの上で作った歌詞だそうです。
彼女の名前は、高橋順子さん。順子さんは、「骨肉腫」という難しい病気と闘っていましたが、キリストに支えられて前を見る意志と希望を燃やしていました。
そして、この歌詞に歌がついて、子ども讃美歌に収録されたのと同時期ぐらいに、7歳という短い生涯を終えて順子さんは天に召されました。
たとえ、希望を失われるような苦しい時にも、悲しい時にも、なおも主イエスの愛が私たちと共にある、主イエスの命がけの愛は決して私たちを見捨てることのない愛。
みんな神様に愛されるために生まれた。
私たちは、神様によって愛されています。
どんな人にも、神様の愛は注がれています。
その神様の愛を探してみてほしいと思います。
聖書の御言葉を紹介して、祈ってから賛美させていただきたいと思います。
「私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から私たちを引き離すことはできません。」(ローマ人への手紙 8章38~39節)