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一風父ちゃんのブログ

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今年も剪定が終わろとしています。人生最終章を迎え「後何年こんな時を迎える事が出来るのか」この瞬間が終わりと思ってもおかしくありません。明日を感じる事の出来る若い時と違いこの一瞬が大切に感じられます。しかし一方でなかなか「これで十分」と感じられないのも現実です。でも私の人生全てを「阿弥陀仏」が確り受けとめてくださると思うと心が落ち着きます。 煩悩多き人間、自力の展開では何時までも「これで十分」はかんじられませんが、最後は「絶対他力」の存在ですね。今畑では剪定で切り落とされた枝を集め我が家では、燃やして炬燵用の炭にします。あちこちで同じように煙が上がります。「俺も終わった俺も終わった」の声が聞こえてきそうです。しかし一方では忙しさの始まりです。来月にはスピードスプレイヤーによる農薬散布が始まりです。低農薬にこだわり始めた頃は、多くても年6回の散布だったのですが今では11回に増えています。生産状況を理解してもらいたい伝えたい、出来たものをありのまま消費者の皆さんに贈ってきたのですが、「私食べる人私作る人」物が私達から離れ自己運動にするにつれ画一性が求められ農薬散布回数が増えてきてます。一歩踏み出すと現実を言い訳になかなか元に戻れない弱い自分がいます。今年は昨年より少し生育遅れているようです。そのぶん今年はゆったりした気持ちでの出発です。また
一昨年は弟昨年は義姉を亡くし新年の挨拶は遠慮させて頂きました。高齢を迎え当たり前の事ですが、なかなか「死」を受け入れ難い現実です。今年は早くから暖冬の予想ですが、今のところ畑には30㎝位の積雪があります。しかしこれからは気温の高い日が続き昨年同様一気に融雪がすすむとか、冬眠中の気持ちが落ち着きません。畑では今年も剪定が始まりました。昨年の木の状態を見ながら初めのうちは、枝1本1本に理屈をつけながら枝を鋸と挟みで切り落としていきます。ホンダの創業者の本田宗一郎氏は「仕事は改善の追及である」と語っています。正にその通りで納得です。今国会では基本統計の不正処理が問題になっています。野党は相も変わらず問題の本質を問わず内閣・担当者の責任論一辺倒。内閣は交わし防戦が仕事と思っている。何故をハッキリさせようとしない。厚生官僚の行為を仕事として善意で考えれば、そこには必ず変更にたいする彼等なりの正当性があるはずです。彼等の正当性についての議論なくしては、なにも問題が改善されません。責任論はそれからです。元来人間の認識は不完全なものです、立場の違いの行為を不正と決めつけるのではなく、改善の過程として考えるべきです。他者とのやり取りでよりよいもの真実に近づけばと思うのですが、考えが甘いですかね。夢物語だろうか。責任論優先の議論では隠蔽体質を生み出すのみです。国会は民主主義の象徴です。民主主義は人間の不完全さを前提に組み立てられた技法と考えます。違いを主張しながら妥協点を見つけより良いものに導く、数の論理で一方を押し付ける事ではありません。今の国会のやり取りは民主主義の体をなしていません。何れにしても基本統計は政策立案の基本をなすもの行政マンのプライドの象徴です。仕事にたいするプライドをかけ、変更について自らの主張をどうどうと述べてもらいたいものです。決して立法(政治家)のしもべではないのです。起て行政マン達よプライドを見せよ!
今年も「ふじリンゴ」の収穫が始まりました。暖冬・春の大干ばつ・夏の異常高温・台風・秋の長雨・・耐えてよくここまで来てくれた感があります。収穫をしているとあちこちに親指大の幼果があちこちに見られます。異常に変化する気象とりわけ暑い夏から涼しい秋の温度変化にりんごの木が反応して、我々が気づかぬ内に花が咲き実を成らせたようです。桜の狂い咲きと同じ現象ですが、最近では例年の様にこの現象が見られます。気象の異常性が日常的なってきているようです。しかし先日フロンガスの使用に関する規制の国際協定の徹底によって、地球温暖化の一つの原因と言われているオゾン層の破壊が止まって回復の傾向にあるとの報道がありました。毎日外で仕事するものにとって、「猛暑から解放される!」何かホッとさせられるニュースです。でも人間のダイエットの様に「やれば出来るヂャン」と気を緩めて元に戻ってもらいたくないものです。「人間は生き長らえる事」を欲しながらも「確実に死にむかって進んでいる」相矛盾した側面を持った存在です。以前JRのコマーシャルに「狭い日本そんなに急いで何処に行く」故郷回帰を訴えるキャッチコピーがありました。今経済発展のなのもとに科学技術革新のニュースが連日の様に報道されています。科学技術は一体「我々人間」を一体何処へ連れて行こうとしているのか?どうあがいても免れがれる事ができない「死」の現実から「生きる」意味・未来を考る時期に来ているように思えます。そんなことを思っているやさきに、日産のゴーン会長が50億円の報酬隠しで逮捕されたニュースが入ってきました。我々庶民は一円二円の世界で右往左往しているのに、彼のやってる事は一体何?虚しさを覚えます。一方マスコミは、彼の犯罪性のみを捉え「彼のあの異常な物欲は一体何?」人間の存在の意味を問わない問えない姿勢に、聞いていてもやりきれません。庶民の犯す小さな異常な犯罪については、いろいろおかしく分析批判し庶民生活を是々非々を語るが、なんやかやいって「日本は長いものに巻かれろ」の世界なのですかね?今世界のリーダーの異常さがきになりますが、それとも社会が異常なリーダーを求めているのか・・