わたしはすみれの花のように死にたい。
すみれのように生きたいのではない。
春の野草。
日陰の花。
わたしのイメージでは群生するすみれではなく
一輪でやや寂しげに、でありながら凛とした気品を放つ。
気がつけばいつの間にか気品を放ちながら可憐に咲き、
気がつけばいつの間にか存在さえ消してしまう。
人間そう死にたいものだ。
いつの間にかそこにあった存在さえ忘れられてしまう。
去年のすみれは今年のすみれか?
違うだろう。世代交代したすみれに違いない。
人間もそうやって地球上に行き続けてきた生き物なのだ。
ひまわりやチューリップではおこがましすぎて申し訳ない。