私は二十世紀少年である。
テレビでたまたま再放送をやっているが
その話ではない。
九州のある県で生まれた所為で
梨と言えば二十世紀を食って育った。
そのためか現在東京の西に住を構えてる今でも
地元産の梨は食べない。
東京の西、多摩地区では梨と言えば長十郎とか幸水なのである。
最近では新高などという大ぶりの梨も品種改良されて出てきたが
そんなものよりも二十世紀のほうが美味いと感じる。
梨の旬でもやや遅れて二十世紀は店頭に並びだす。
しかも値段も少し高いのではあるが。
少年の頃は長崎のスーパーでは二十世紀しか
売ってなかったように思う。
今みたいに冷凍技術や運送が発達してなかったから
(オーバーでも何でもない、真面目な話である)
鮭と言えば大辛の塩鮭しか食べられなかった。
だから鮭もこの年になっても大辛の鮭を買ってしまう。
塩の甘い鮭なんて食えないのだ。
長崎ではすし屋で鉄火巻きを頼むと
はまちの血合いの部分(赤茶色)をわざわざ切り出して
海苔巻きにして鉄火としてやっていた。
ろう細工の商品見本は赤いマグロで作ってあるので
やはり芯の部分は赤くないといけないと思っていたのか。
長崎の港で揚がるはまちは新鮮で美味い。
北陸にも負けない。
正月には家庭で一本買いして年末を迎えるのが習わしなのである。
つまり、さかなも新鮮なものが美味いわけで
地元の港で上がるはまちになるし、梨も九州に近い
鳥取産の二十世紀になじみがありすぎるのだ。
だから納豆がいまだに食えないのも店においてなかったから・・・
という言い訳をしてしまう。
私が少年時代を過ごした少年時代は
その程度の産業レベルだったのだ
実に便利な世の中になったもんだとつくづく思う。
すし屋でも他の飲食店でも
出される水は当たり前の如く水道水だった。
ミネラルウオーターなんて考えられなかった。
水を金出して買うなんて感覚がなかったモンね。
最初にエビアン水を見たのは
うちの姉が化粧品・化粧水として
スプレーに入れて使っていたのを見たのが最初であった。
エビアン水なんてその位高価なものだったのだよ。
梨を食いながらそんな事を懐かしく思うこの頃。