落語は古典で無いと・・・・
という考えに凝り固まっていた。
実際面白い新作落語には出会わない。
なんか冷めてしまう。
同じ新作落語でも
背景は江戸、明治、大正にした作品が望ましい。
「八さん、熊さん、ご隠居さん」であって欲しいのだ。
「山田君、加藤君、部長」では面白くない。
それは漫才に任せておけばよいではないか。
着物を着て風と曼荼羅で
座布団一枚の空間で上下を振り
笑いを作り出すからこそ「落語」なのだから。
落語の中に現代のエッセンスを織り込みながら
古典の雰囲気を残しつつ・・・
談志の言うイリュージョンしかないのかね。
古典落語も下げやくすぐりが通じなくなってきている。
若者はどんどん新しい言葉・文化を開発し
古いものを忘れ去っていく。
日本語もどんどん変わっていくのだ。
始めに下げに繋がる予備知識を観客に
それとなく枕でふって始めなければ
ならない落語で多くなってきたのも事実。
そこで創作を始めた。
初めて聞く人が「え、こんな古典落語あったんだ」と
間違えるような新作。
それはまず時代背景が古いこと。
そして登場人物がおなじみであること。
素材に時代を匂わせない工夫をすること。
落ちは基本的に人間の持つ笑いのつぼは変わらない。
志雀の言った緊張と緩和
創作古典をどんどん生み出し、後に古典の仲間入りをすればよい。
ちなみに私は今は小朝ひいきです。