いえいえ、子供の頃は好きでした。
大人になってやらなくなった。
女房は競馬をやる人間は家庭を崩壊すると信じているため
やりません。(家庭平和には代えられない)
しいて言えば、パチンコとマージャンくらい。
パチンコも裏ロムとか打ち子がどうたらとかいう話を耳にするように
なって、アホらしくなって止めました。
マージャンは仕事仲間と点ピンでやる程度。
それもパソコンでマージャンゲームが出たら4人集まらなくなってゲームで満足することが多い。
では、餓鬼の頃の賭博とは・・・
幼稚園の頃から五円玉を握り締めて当たりくじ家に通った。
駄菓子屋というより当たりくじ家。
屋ではなくて家という雰囲気のおばあちゃんが留守番の片手間にやってるような店。
小一時間もいろんな当たりくじを眺めて意を決して一回挑戦。
店番のばあちゃんから「あんた、早くしなよ」といつも怒られてた。
でもずるいのが一等賞の景品が残っていて、残りくじが4・5枚しかない。
当りが出るかと引いてももちろんスカで、あと20円つぎ込めば、
一等賞の景品がもらえると思うと熱くなる。
家に戻って母親の財布から10円20円とくすねて、くじ家に戻る。
午前中の早い時間なので他の子供に荒らされてなくくじはそのまま。
もう一等賞を手にすることを確約されたも同じでしょう。
ところが残りくじを全部引いても一等賞の当たりは出ない。
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たどたどしい日本語でおばあちゃんに抗議すると
「何でかね~。くじがどっかに行っちゃたのかね~。変なことがあるもんだね~」
としらばっくれてごまかされる。
それ以上大人に突っ込んだ抗議ができないのであきらめて帰宅。
次の日、くじ家に行くと一等賞の景品が30円とか50円で売られてる・・・・
大人の汚さを覚えた幼い日の思い出です。
そんなことにも懲りず当たりくじ家には入り浸ってました。
好きなお菓子はカレー味のあられ。
くじを引くとスカで小ぶりのコップ1杯のあられを袋に入れてくれる。
当りがでると、2杯または3杯。
あとは箱のダンボールを指で押すと何かラムネみたいなものが入っていて
当たりはおもちゃが入っているくじ。
甘納豆は嫌いだったけど大きな袋を当てたくてよく引いた。
紙に薄荷が塗ってあってくちゃくちゃ噛む奴も味が得意でなかったけどやりましたね。
あと円錐形の飴が紐の先についているくじ。糸を引くと普通の飴がくるかでかい飴が引けるか。
母親の財布からよく小銭をくすねてました。
お母ちゃんごめん。もうしません。
だって一日の小遣いが5円だったもの。