ブログネタ:セミの鳴き声、好き? 嫌い?
参加中本文はここから
セミは夏の虫で一番身近な友達という感覚。
寅には5つ離れた兄がおり、これにはもの凄く人生の影響を受けた。
よくも悪くもね。
兄と俺とセミの関係というと、兄は昆虫好きで俺が物心ついたときから始まる。
夏の朝ご飯を食べている時にセミが鳴き出すと兄は箸と茶碗を放り出し外へ駆け出していく。
サンダルを履きながら、「籠ば持って来んや!」と俺に声を掛ける。
自分は鳥もちと竹の棒を持ってさっさと鳴き声のするほうへ・・・
で、俺もご飯を止めて兄の後を追う。兄の命令は絶対だから・・・・
大体兄のいるところはわかっている。
庭を出て右か左か、それをセミの声で判断し例の柿ノ木のところへ行くと兄は
サンダルを根元に放り出して気の又まで登っている。
そして鳥もちの付いた竹でセミを絡め捕ってしまう。
そして途中まで降りてきて鳥もちの付いたセミを俺に差し出すんだ。
俺はそれを受け取り虫かごに入れる。
兄は嬉しそうな顔で木を離れると籠からセミを取り出し鳥もちのべたべたを舐めて
キレイにする。でそのセミはそのあとどこへやったか記憶は無いが・・・
おそらく虫かごの中で鳴くのを楽しんだり、手にとって腹を見たり羽を広げたり
部屋で放して遊んだり、セミの寿命は短くいつの間にか死んでしまう。
しかし毎回こうは行かない。
俺が兄の元へ到着するのが遅れたり、俺の足音でセミが逃げたり・・
セミを逃がしたときに俺のせいにして不機嫌になる。
だからセミの所為ではないがセミ一匹の事で虐められた。
で俺の心は虫は捕まえて楽しむものではなく、自然の中で生かして楽しむものになった。
兄が大きくなり昆虫とりをしなくなった時や学校帰りにセミの声を聞いた時に
声のする木をじっと見つめセミがそこに存在するのを確認するまでが俺のセミ捕りなのだ。
捕まえることは無い。たとえ捕まえたとしてもその場で放してしまう。
兄の行為に反発を覚えたのだろう。
兄の蝉取りは捕まえる行為を楽しむこと。
その行為が上手くいくかどうかで機嫌がよくなったり不機嫌になったり
弟の俺はそれで夏の一日が楽しい日になるか、兄から隠れてひっそり遊ぶか左右された。
で今もセミの声がするとどの木で鳴いているか気になる。
そしてあの辛かった幼い日を思い出すのである。
兄は子どもの頃の俺の気持ちを理解していない。
「そんな事もあったっけ?」と笑うだけ・・・虐められた俺の心にはいつまでも残っている。