ブログネタ:失恋の思い出
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辛い辛い思い出です。
大学1年の時にプールの監視員してて軟派した女の子だった。
当時あの子は未だ女子高生(3年生)
セーラー服の学校で、俺はそのピチピチの肌にぞっこんでした。
ラブホテルなんか行く金もなく、夜の公園で抱き合いキスして抱きしめるデートで辛抱してました。
デートするたび夢中になり、可愛い彼女を大事にし彼女中心で生活やりくりしてました。
しかし俺は訛りを気にする田舎モン。
親から仕送り貰ってる身ですよ。
4畳半に一人暮らしの貧乏学生で、
方や彼女は東京の一等地の高層マンションに住むお嬢さんさ。
身分違いもいいところ。
俺がデート代につぎ込めるのは月に一万円が限度。
誕生日の前には3ヶ月バイトをしてプレゼントをしたもんさ。
交通手段だって、チャリンコで駅まで通うためにやっと買ったくらいなのに・・・
彼女は高校からゴルフ部で、デートに誘うと「ゴメーン、その日はコンペなの~」
コンペェ???なんだ?コンペって?コンパの間違い?
「あ、残念だな。じゃ夜に又電話する」
当時は携帯電話の時代ではなく、公衆電話の時代。
定食屋で安い飯食って、さぶい中公衆電話に並んで順番待って彼女に電話。
後ろには安サラリーマンが並んでる、おそらく彼も彼女に電話するんだろうな。
短いタバコを咥えてイライラしてるのが解るんで、もっと話していたいけど「じゃ、お休み」を言うだけ。
ある日先輩の車でダブルデート。ドライブたってこっちは右も左もわからない田舎モンでしょ。
箱根とか湘南行ったけど、彼女のほうが無茶詳しい。
あるとき「私達、進歩がないから別れましょう?」って言われてお終い。
俺は本当は未練たらたらだったけど、彼女とのギャップに付いていけなくてSAYONARAすることに。
彼女はアメリカ留学して語学を身につけるって・・・今ならそんな事は何でもないが、当時ホームステイで旅行なんて憧れの的ですよ。
3日考えてここらが潮時かなって電話しましたよ。
その頃何を考えていたんだか、女性は振っちゃいけないって思い込んでました。
振られた女性はその子の人生に汚点を残す・・・これはいけない事。
別れるなら、自分から振ろうと・・それが女性に対する男の出来る最後の優しさだとの思い込みがあって・・
涙を我慢して「俺はそんな贅沢は出来ないんだ。別れよう。頑張って英語上手くなれよ。じゃあな」って
電話を切って、後ろ並んだ安サラリーマンのバカにしたような笑いに耐えて部屋で泣きました。
この失恋がクラブ恋愛禁止令に繋がるンですが。
若い頃は失恋すると2年は立ち直れなかった。
最近では振られるのは当たり前。3週間で立ち直れる男になりましたヨ。
あの子とは、大学卒業し、就職し、自分で金稼げるようになったら結婚・・まで想像していたのにな。
元気でやってるだろうか。
俺の事、思い出しもしないのかな。
彼女にマジでぞっこんだったのできつかったなあ。 寂・・www・・