" 自行化他 " 、” 自他利他 " は北伝仏教(大乗)の教え。

しかしこの " 化他 "、 " 利他 " とは言うまでもなく
他人にも仏教の法悦を進めること。

法悦を " 現世での癒し " と考えれば、
北伝仏教の専売ではないジータカで解るようように
釈迦の犠牲は想像を超えている。

仏教はその始まりから、困れる人や悩める人への
救済が一つの柱となっている。

これは仏教だけではなく、宗教全体に言えることかも知れない。

これは先程の社会派に比べより実践的ではあるが、
思ったより難しい。

募金を募り、あるいは募金に応じた場合も
相手の顔はみえないことが多い。

人間の困窮、難渋、脳乱が相対的であれば、
そこに少しでも手を差し伸べることに本当に、
皆が是とするのか?

こんな事を考えるようではマダマダ勉強が足らない所為かもしれない、
と思いつつも疑問は尽きない夏の宵であった。

$私は僧侶になりました