みののかみのブログ アメブロ版

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美濃国出身・在住のみののかみが日々気付いたこと・感じたことを書き出すもの也

史跡および日帰り天然温泉の訪問記が殆どと成り候

津城跡の本丸跡は、13年半前に、

当時放送されたドラマ『高校生レストラン』の

モデル・舞台の地だった三重県多気郡多気町を

訪れる前に立ち寄っていた。

👉️ブログ

今回、津城跡の遺構の近くに出来た

城下町テラス 津まん中歴史資料館を訪れて

城跡も久し振りに見に行きたくなって、

ちょうど近鉄津新町駅へ歩いていく

ルートにもなることで、本丸跡と西出丸跡の

公園も訪れた。🏯⛲️🚶

 

国道23号線沿いの百五銀行本店の敷地の

半分ほどが津城内堀の跡だが、🏦

百五銀行本店の西側の駐車場と道路を挟んで

内堀に面していた本丸の東側の石垣が見えた。

写真を撮った道路のあたりは明治時代まで

内堀の中で、その内堀を埋めた小公園から見た

本丸北側の石垣と遺された内堀は見事だった。

そして本丸北東角の石垣は、

明治初めまで丑寅三重櫓が上に建っていた。🏯

 

本丸の東縁を進み、道路を挟んだ向かいが

公園になっていて歌碑が2つある本丸東鉄門へ。

本丸東鉄門の石垣の上には櫓があるが、🏯

昭和33年(1958年)に建てられた模擬櫓で、

コンクリート造りで大きさも本丸の東西に

それぞれ建てられていた隅櫓より小さく、

櫓外観の意匠も明治時代に破却された実物とは

各階に破風が取り付けられ異なっている。😧

 

津城の本丸東鉄門は、本来は平屋の多聞櫓で

枡形虎口の周りを囲んでいた構造であり、

南側のみが二層櫓の太鼓櫓になっていた。

四角い本丸の各角の石垣の上には丑寅三重櫓や

西側の戌亥三重櫓などの

隅櫓の復元は出来なかったのかな❓️と、

この東鉄門の多門櫓のあった場所に建つ

復興櫓を見て思わずにいられなかった。🤔


 

津城の本丸内は現在は公園になっていて、

その北寄りには、築城者で初代津藩主だった

藤堂高虎公(髙山公)の遺訓の石碑もある。

また本丸内の南寄りには

藤堂高虎公の銅像が建ち、

その藤堂高虎公の説明板と

津の城下町を通っていた伊勢街道の

観光説明板も銅像の横に設置してある。

その銅像と説明板の背後の南側に

石塁の切れ目の門の跡があり、

確かめに行くと埋門の跡で、

明治の廃藩置県後に石塁上の建物のみが

破却されて基礎の石垣は完全に遺ったのだなと

この見事な遺構を見て思った。🤔

また埋門の西隣には天守台もあり、

天守台は本丸で南西角の隅櫓を兼ねる構造だが、

藤堂高虎公に始まる明治までの藤堂氏の藩政では

ずっと再建されなかった様子。

築城の名人として知られ、自身の居城として

自ら津城を大改修した藤堂高虎公だが、

幕府(徳川家)に遠慮したのか、

居城の津城に天守閣は築かなかった。

しかしここまで津城跡を見てきて、

江戸時代の徳川式の築城様式は

藤堂高虎公の居城の津城でも典型的に表れて、

真四角の本丸と東西南北に向いた門、そして

本丸を囲むロの字型の堀と横矢掛けの石垣、

さらにその石垣上の白漆喰と瓦葺きの建物で

構成された江戸時代のスタンダードな城郭だな、

またその徳川スタンダードの城郭を

自ら設計し広めたのが、他ならぬ

藤堂高虎公だったのかな❓️と思った。🤔

 

津城の本丸は、西側に出丸の西ノ丸が付属し、

本丸と西の丸は西鉄門で連絡していた。

西の丸には日本庭園が造られ、

江戸時代にここには無かった藩校の入徳門も

西の丸の真ん中に移築されている。

城郭内に現存する門ではないが、

その軒瓦に藤堂家の「藤堂蔦紋」があるのは

津市内の津藩関係の遺構では貴重だと思う。

西の丸は南西隅の玉櫓の前で

枡形虎口となって通路が折れ曲がっていて、

現在も津城跡の出入口として

城跡の説明板が設置されている。

西の丸から城外へ出ようとした私も

虎口から公園域の南西へ出た。🚶

 

内堀の外側へ出たら、内堀と西の丸・本丸の

風景を眺めながら歩き、🚶

内堀の西側にある津市役所の北のお城西公園と

市役所西隣の津リージョンプラザを横切って

近鉄津新町駅へ向かった。🚉🚶

津城跡の最寄りの鉄道駅は津駅ではなく

1km南西の近鉄津新町駅で、

近鉄津新町駅前の案内地図板を撮影)

JR近鉄の共用駅の津駅より市街地にあって

飲食店も多いのかなと思っていたが、🍚☕🤔

市役所前からまでずっと市街地だが

住宅が多くて飲食店は見当たらず、🏘️⛪️

昼食を摂っていなくて空腹になっても、

結局津新町駅近くのセブンイレブンで

おにぎりとパンを買うしかなかった。😧🏪

 

近鉄津新町駅名古屋行き急行電車を待ち、

その間におにぎりとパンを食べて、🍙🥨

愛知県の近鉄弥富駅まで乗車した。🚊

日没に間に合うなら、弥富から名鉄

青塚駅へ移動して蜂須賀小六正勝の

旧跡を訪ねたいと思っていたが、

日没にギリギリ間に合わず、また気温も

冷たい西風が吹いて肌寒かったので、🍃

今日の蜂須賀地区めぐりはあきらめた。

しかし土曜日の夕方で大混雑する名古屋駅

避けて帰宅しようと、近鉄弥富駅から

JR名鉄の共用駅の弥富駅へ歩き

(歩いて5分もかからなかった)、🚶

JR名鉄の電車が同じホームの反対側に

それぞれ停車する弥富駅ホーム

名鉄須ヶ口行き電車を待って乗車した。

須ヶ口行き電車青塚駅にも行くが、

蜂須賀地区へ寄らず帰路につこうと、

津島駅名鉄尾西線一宮行き電車に乗り換え

名鉄尾西線全線乗車したことによって

 名古屋を経由せずに一宮へ短絡出来た)、

終点の名鉄一宮駅まで乗車した。🚊

名鉄一宮駅ですぐ隣のJR尾張一宮駅に移り

JR電車岐阜駅に戻れば、自宅付近までの

路線バスにも乗車しやすくなるが、🚉🚌

空腹と疲労に耐えきれなくなって、

名鉄一宮駅横の名鉄百貨店ビルから新装した

テナントビルの「イチ*ビル」へ立ち寄り、🏢

1時間ほど夕食と買い物をして過ごして🍜🛒

JR岐阜へ戻った。🚊