Netflixプレゼンツ  2019年度作品


この作品を語る前に2つの事を話したいのです。

まず

最近、スコセッシが「マーベルは映画じゃない。テーマパークだ!」と批判しましたが私もその意見に痛く同意しました。

でも私の場合は批判的要素はちょっと薄く「あれはテーマパーク」という表現に、上手い!と感心した次第。

コッポラなんて、「マーベル映画は卑劣だ!」とまで言ってしまいました。

そこまで言っても巨匠だから許されるんでしょうけど、確かにアイアンマンやキャプテン、ブラックウィドウなどなどなどなどなどなどなどなど、、、、、

ミッキーとミニーとその他って気はしますよ、私も。

マーベルも最初は面白かった。 

アイアンマンなんて、あのジャンルの最高峰じゃないですかね。
だんだんと商業主義が質まで落として、ただの怪獣大戦争になっちゃった。
で、最後はお涙ちょうだい!ってのはどうかと思うんです。盲目的なファンはそれでもファンでしょうけど、映画ファンとはちと違う気が、、、マーベルファンでしょうね。

でも、スコセッシはマーベル全く観た事ないって笑


あと

この〝アイリッシュマン〝の製作過程について、インタビューでスコセッシが吐露しました。

巨匠スコセッシですら、自由に作れない、金が足りないと、、、

そこにNetflix!!!

金は出す、口は出さない。
で、3時間半!

もちろん、大体的に劇場公開出来ない事に不満はあったでしょう。
でも、彼等にとって自由に作れない!というのは手足が捥がれた様なもの。

そこに映画界の救世主Netflixですね。

好きな事やりたい放題やって3時間半!

なかなかです笑


デニーロ、ジョー・ペシ、ハービー・カイテルと来てさらにアルパチーノ!

揃えましたねー。

あらすじは、観た方や感心ある方は既にご存知でしょう。


観た感想。

昔は長尺映画が多かった。
しかも傑作だらけ。

〝風と共に去りぬ〝 〝地獄の黙示録〝 〝シンドラーのリスト〝タイタニック〝 などなど。どれも3時間超えだが、中弛みがない。削るところがない。

しかし本作は途中、2時間超えのアメリカ史に話が及んだあたりで、登場人物の多さに整理がつかずげんなりしたり、眠気も若干襲って来たりして。

しかし、演出・描写の妙はさすが御大。 
ほとんどの時間は食い入って観てました。

デニーロとアルパチーノのキャラクターの対比。
冷静と激情。さすが!
見惚れました。

これだけのキャストを使ったって事はスコセッシの集大成なんですね。
もう引退かな?
んな訳ないか⁉︎

ストーリーは、ギャング/マフィア映画を他にも山盛り観てるせいか、ある程度既視感があって、良くあるパターンからは外れない安心感は逆にあった。

しかし、撃つ、殴る、蹴る、殺すと言った行為を最低限に抑えた描写が今までのマフィア映画とは一線を画してて。
スコセッシもいつもより完全に控えめ。

やはりこれだけのキャストがあって出来た事でしょうが、何を描写するか⁉︎ って事においては本質的なテーマは別にあった様です。

〝toxic musclinity=有害な男らしさ〝という事だそうなんですね。

娘ペギーとのエピソードがいくつかあったけど、アレはファミリー性を描いたんじゃなくて、むしろ出来損ないの父親の有害性を描いたんだと 解釈しながら観ました。
ファミリーと言えば、彼等にとってはマフィア一味の方がリアルなのかも。

マーベルとの違いをハッキリさせたいのはそこでしょう。
描きたいテーマがある。
今回は〝有害な男性らしさ〝です。

だからこそ最後、告解する。

自分が一番良くわかっていた、有害な男性らしさを懺悔したんでしょう。

少しドアを開けといてくれ!と最後頼んだのは、そこに救いを求めたんだと解釈しました。

スコセッシの2016年作〝沈黙(原作/遠藤周作)〝をちょっと思い出しました。

面白かった。
凄く良かった。
でも上記の名作群にはちょっとだけ足りない。
スコセッシさん、次は〝シナトラ〝だそうですね。
期待してます!


評点・・・★★★★☆  4.5
『マフィアってイタリア系だけ⁉︎ アイリッシュ系っていなかったんでしょうか⁉︎ だからこそのタイトルなんでしょう。デニーロの役シーラン。シーランといえば今やエド・シーランですが、彼もイングランドとアイリッシュのハーフですね。関係ないか。音楽はロビー・ロバートソンが味があって拍手もの!』