マイ・レストレス・ハーツ Second2

マイ・レストレス・ハーツ Second2

gooブログから引っ越してまいりました。

お元気ですか?

あっちの世界に逝ってお元気もへったくれもないかw

時々、あなたの言葉を思い出すことがあります。




「お前はやさしい子」





子供の頃、言っている意味がよく分からなかった。

振り返っても、自分がやさしいなんて思ったことはない。ずるくて、スケベで、怠け者で、小心者で、泣き虫の弱虫。あえて言えば、弱さの言い換えだと思っていたよ。

あなたが息子である自分の中に何を見てそう言っていたのか、今も分かりません。




話は変わります。

失恋しました。まあ、いつものことですが今回の場合は少し違います。

その女性との出会いは今から約10年ほど前。今の職場に入ってからです。

中年になってから未経験の職場。不慣れなことの連続でしたが、腹をくくり、プライドも捨てて必死になってやってきました。その必死さもその女性が居たからです。その女性に認めて欲しいから、仕事は人の倍行い、勉強して難関資格も取得しました。

もちろん、その女性は自分に気がないことも知っていました。でも、片思いであっても自分の心はその人のことでいっぱいだったのです。




そして、先日のこと。その女性の妊娠が発覚したのです。

そのことを聞いた瞬間、血の気が引きました。膝が崩れ落ちそうでした。

他人の悟られないように、平静を保つことがやっと。そんな感じ。今もそうですが…。

普通であれば、「お幸せに。さようなら」と心の中で別れを告げればいいのですが、ここからが少し違います。

その人は自分の同僚であり、普段から接することが多いのです。そして酷い悪阻の症状があり業務をまともに行うことができません。体調が悪い時に、“あの仕事”を行うことなんて無謀です。しかし、責任感の強いその女性は無理を押してやってしまおうとするのです。

仕事だから仕方がないにしろ、愛した女性が苦しい思いをしながら仕事するなんて………自分は見ていられない。「お前には関係ないだろ、相手は勝手に妊娠して、勝手に仕事しているんだから」と言うかもしれません。その通りです。

でも、自分は決めたんです。その女性を支えて守る、と。

もちろんそれは職場内・業務内に限定したこと。職場外では自分は立ち入ることはできませんし、するつもりもありません。

業務量は限界を超えています。これ以上背負うことは無理なことも承知していますが、自分はやります。見返りなんていらない。自分の思いをその女性が知ることもないでしょう。それでもいいです。自分自身への承認欲求かもしれません。でも、自己犠牲などでは決してありません。自分が勝手好きになってしまったケジメみたいなものというべきでしょうか。




あなたが言う「やさしさ」とは何かをAIに聞いてみました。

それによると、『優しさの本質は、「自分以外の誰かの世界を想像できるか」という能力。相手がいま何を必要としているのか。自分の放つ言葉が、相手の心にどう着地するのか。この「一歩引いて相手の視点に立つ」という知的な作業こそが優しさの出発点」との答えが返ってきた。かなり哲学的だねw

親のあなたが言うのであれば、この知的作業きっとやり遂げることできるでしょう。こうも言っていたよね。「親は間違ったことを言わない」と。




数か月後、その女性は職場から、そして自分の場から去って行くでしょう。

その時、自分の中に何が残るのか。何を感じるのか。自分があの世に逝って、もしもかあちゃんと話せる時があれば、この結末をお話しますね。

自分の思いが、歪んだ感情や執着ではなくて、純粋にその女性の幸せを願う思いであればいいな。

忘年会シーズン。

 

職場でも開かれますが、自分はハブられているのか誘いがありません…。

 

“ふざけやがってこの野郎”

 

と思いつつも、酒は飲めないし、喋る相手もいない。行ってもぼっちになるのは目に見えていますから行きたくない。だからお誘いがないことはとっても好都合のはずなんですが、誘われていない・無視されているという事実はなんとも悲しいし腹が立つ。

 

つくづく人間って身勝手なもんですw

 

話しは少し変わって、先日職場で上司面談というものをやった。

 

たぶんどの職場もあるかとは思うのですが、年2回、賞与支給前に行われる査定調査の一環。

 

余談だが、以前の貧乏リーマン時代は賞与なんてなかったからこの手のものがなかった。ゆえに今の職場に来て上司面談というのはいささか戸惑いを感じている。

 

その上司面談の中で、こんなことを言われた。

 

「いろいろな職員に話を聞くが、職場内で信頼できる職員やよく相談している職員はだれかという問いに対して、あなたの名前が多く出てくる」

 

は??

 

飲み会にハブられているのに、信頼されたり相談できる相手なのか、ワシは??

 

てか、相談なんてされてことはないぞ。たしかに愚痴はよく聞くけどそれだけ。仕事をしていればストレスもあるし、その捌け口として愚痴をこぼすこともある。だから「はいはい、そうなのね」と聞き流している。ほんとそれだけ。信頼・相談なんて類いのものではないとは思うけど。

 

自分自身の自己評価、他人から評価はイコールではないことは分かっているけど、あまりにも乖離し過ぎていると、どうやって職場内で立ち回っていけばいいのか分からなくなる。

15年以上続けてきたgooブログがサービス終了ということで、アメーバブログへ引っ越してきました。

 

最近はブログもご無沙汰で閉鎖することも考えたけど、長く続けたものは全て無にするのはなんとも勿体ないことなので、続けることにしました。ただ、以前ほどブログを書く気力もあんまりないけどさw

 

ブログなんかよりもXのほうがお手軽なわけだけど、あそこは時々変なヤツが湧いてきてホンネが書けないことが多いから、過疎気味のブログではホンネを書いて、ストレス発散してきます。

 

とりあえず、生きています。

これ、新作ではなくて実験なんだね。

それとてリアルで見ていた自分としては、夢中になってみていたあの頃を思い出さしてくれます。何も考えず、毎日が楽しかったあの頃。久々に昔の自分に会えたような気がするよ。懐かしいなぁ。


今の勤め先、仲が悪い人はいない。でも、個人的に飲みに行ったりするような仲良しさんがいるわけじゃない。いい意味でビジネスライク、ちょっとさびしい感じもするけど、変に気を使わない分よい職場なのかもしれない。


よい職場でも人手不足は深刻で、外国人スタッフがその不足分を補っている。どの人も日本社会に溶け込もうと努力している姿は好感が持てるし、もちろん仕事もきっちりやる。でも、やっぱり変な人も一定数いるわけで…。


昨年、とある中国人女性が派遣職員としてやって来た。日本語レベルはかなりあるけど、その性格がプライドが高く機嫌がいい時はニコニコしているけど、ちょっとでも嫌なことがあると口もきかないという、まああちらのお国柄が出ている感じで周りにいる職員は迷惑。自分はその人とは違う部署で働いていたんだけど、ある時一緒に仕事をすることがあった。その時は何の問題もなく仕事を終えて「お疲れ様でした」と別れたんだけど、後日、たまたま帰りが一緒になり、


「一緒に帰りましょう!」


とお誘いを受けたw


先にも書いたけど、仲良しさんがいなかった自分としてはかなりビックリ。誘ってくれたのは嬉しかったし、断る理由もなかったから一緒におしゃべりしながら帰った。おしゃべりといっても、会話の99%はその女性の独演会。自分は「へえ~」とか「そうなんですね」としか言わない。いや、言わせてくれない。一人でベラベラベラベラと出るわ出るわ。その会話の中で気になることを言っていた。


「中国には帰らない。帰りたくもない。日本がいい。住みやすいし」


日本がいい、というのは分かる。でも「いい」というのは日本人がいい国にしようと努力しているからであって、粗暴で自分たちの価値観を押し付けるような考えではないことを分かっていない中国人がほとんどで日本人と共存することなんて無理じゃね、その言葉を聞いて思った。


「とっても楽しかった。また一緒に帰りましょう」


と、その女性とは別れた。「嫌だよ」と心の中で思ったのは言うまでもない。別に価値観うんぬんのことではなく、マシンガントークにグッタリなのさw


ちなみに、その人が後日契約解除になった。理由は分からない。分かるけど、分からないwww
再開したのもつかの間、gooブログがサービス終了になるとか。

たしかにもうブログなんて時代じゃないのかもしれないよね。

それでも自分としては2008年から続けたものだから、このまま書いたものが全て抹消されることはちと空しい。引っ越しして続けてもいいけど、どこのブログサービスも遅かれ早かれの問題だよね…。

書籍化ってのもアリか。

Wordにコピペ(そもそも出来るのか?)して自分の黒歴史大全集にするのも悪くないw

ちょっと考えますか。
2年ぶりに投稿してみるw

最近はTwitterもといエックスばかりの投稿になってしまっているけど、やっぱり短文投稿はいろいろと制限もあるし、なにより好き勝手なことが書けないストレスもある。お手軽でブログよりいいけどね。

でもここは自分の城だと思っているし、なにより好き勝手に書ける自由度がある。


ちょっと話が反れるけど、18ぐらいからの古い友人が音信不通で……。家族にも先立たれ、本人も体調不良だったことを考えると旅立ってしまったのかな、と思っています。自分もかなりの年齢になり、そんなことも考えると自分の生きた証を残したいな、と承認欲求的なものを考えた時、やっぱりブログに書くのが手っ取り早い。

そんなことを思いながらブログを書いています。

更新頻度は低いけど、ボチボチやっていきます。
大学に入学した時から究極的な目標だった国家試験に合格した。




よくやった俺!




ただ、試験に合格したことはゴールではなくスタートに過ぎないのに、自分の中では大きなゴールにたどり着いたように感じられ、今の段階では次に移る気力が全くない。何から手を付けたらよいのか…。

とりあえず今までできなかったこと、やりたかったことを一つひとつ思い返して、それらをやろうかと思っている。

今本当にやりたいことは引っ越しなんだけどね。
今年一回目のブログ更新。

思えば2月も中旬。月日が経つのは本当に早い。




10日前に受けた国試。

受験した直後は、心身とも疲弊して何にもやる気が起きませんでしたが、

今までできなかったことを「やろう!」と思い始めるだけの気力が戻ってきました。

試験勉強中は、すべてを犠牲にしてやってきたわけで、その反動は自分でも驚くほど。

今は次へのステップに向けて、いろいろ考えているところ。

もちろん合格していれば、なおさらいいんだけどね……。




仕事のほうは変わらず悪戦苦闘の毎日。

経験を重ねていけばそれなりに対処できるようになるものだけど、

良い意味でも悪い意味でも変化の多い業務・職種なので、毎日新鮮(?)過ぎて困りますw

これで色恋で何か良いことがあれば頑張れるんだろうけど、それもサッパリでwww




「生きてるだけで儲けもの」とは明石家さんまさんの言葉だっけ??

それぐらいに達観した心構えじゃないと、50代の坂は登っていけないや。
気が付けば年末。

このブログも夏以降ずっと放置したままでした。

いや、忘れていたわけじゃありません。

Twitterが結構面白くてね。そっちに気を取られておりました、はい。

もちろん、Twitterだけじゃなく国試対策もあって書き込めなかったというのが実情です。2月以降、落ち着いたらまた更新していきたいと思っております。(11月に富山へ旅行へ出掛けたこともここに残しておきたいから)




今年1年振り返ると、あんまり良いことはなかったように思います。

試験に落ちる、コロナ感染、仕事ミス続き、そして今年もまたぼっち……w。

良いことがなかったというより、楽しいことが少なかったような気がするのです。

それでもお馬さん関係では、ちょっと良かったかもね。(重賞を二つも勝てたし)




さて来年。

とにかく試験に合格して、この苦行から脱したい、かな。




本年もありがとうございました。皆様にとって来年も素晴らしい年となりますように。

2022.12.30 左一白