LESの大会の続きです。
午前中、NTT-ATの澤井さんがモデレートされた「公共の利益と特許権の対立」がありました。その後、飯村部長さんの進歩性の講義がありました。いつものように大変示唆に富んでいたので、自分の覚書として書き残しておきます。当たり前ですが、飯村部長さんのおっしゃったことに私の主観が加わったもので、文責は私のものです。特にカッコの中は私の感想です。

(1)公開と独占のバランスというが、一つ一つの出願あるいは特許が20年間の独占の価値があるのかという判断をすべきなのではなくて、マスというか多くの出願全体として見たときにそれが妥当なのかどうかを考えるべきだと強く思う。(これってすごい発言です。)
(2)インセンティブが必要である。技術は勝手に進歩するが、それを促進するには特許権者(発明者?)にメリットが必要。(これは僕が大分前から言っているのですが、ほかの裁判官の方に聞くと、それは裁判官が考えることなのか、といった反応が強く、飯村部長さんはここのところこれをはっきりとおっしゃっていて、実務家として心強いです。)
(3)判断手法として、私が一人で勝手な考え方をしようとは思っておらず、特許庁の審査基準の範囲内で、論理の飛躍がないかといった視点で個々の案件を見ている。
(4)進歩性は高い方がいいという人もいるし、低いほうがいいという人もいる。トップランナーの会社にしてみれば、自分の技術のレベルよりも少し下くらいに進歩性の水準が設定されればいいと思っているだろうし、そうでなければ、水準はもっと低いほうがいいということになろう。
(5)庁、会社、弁理士、弁護士が入った進歩性検討会(後で特許性検討会になった)というのがあったが、結論としては裁判所の判断はおおむね妥当であったということになって、私としてはうれしくないことはないのだが、本当にそうかと思う。
(6)外国をみると米国はTMSテストに収れんさせて考えているようだし、ヨーロッパはプロブレムソリューションアプローチでシンプルである。国際調和というのが必要であるとすれば、日本はどうか。複雑すぎないか。上記の検討会で審査基準の内容をまとめたチャートがあるが、進歩性を否定する理由が列挙されており、一つのポイントに引っ掛かっても、進歩性なしの判断になる。以前、私が交通部にいたときには、過失相殺の割合の判断基準というのを裁判所が作って、公表していたが、被告はいつでも保険会社で、例外的な判断の例を集めていて、それを前例として引き合いに出して、自らに有利な流れを作ろうとする。一方、原告にとっては、一生に一度あるかないかの訴訟である。公平を保つために、このような基準は時々作りなおさなければならない。日本の審査基準のような複雑なものであればあるほど、それを律義に適用すると進歩性のレベルは上がるリスクを内包している。もう少し論理的でシンプルな基準を作りたいと思っている。リセットする必要がある。(これは完全に同感で、弁理士会外の委員会では、以前から言っているのだが、最近の記載要件の問題にも関係するが、より精緻に作りこんでいくにしたがって、特許性のレベルは高くなってしまう。どこかで判例の積み重ねあるいは審査基準をリセットしないとまずいです。)
(7)米国のビルスキー判決は大変面白い。直接的には保護対象の話なのだが、いくつか進歩性にも関連した指摘がある。結局、特許性の全体が大事になるのだが、ビルスキーのなかでは、保護対象はなるべく広くとらえて、進歩性で切るという方向性が示されているように思う。
(8)日本の審査基準は複雑すぎて、検証が不可能な要素がはいっている。「~でないこと」が基準になるのはおかしいのではないか、なるべく「~であること」が進歩性を認める基準になるようにできないか考えている。
私の感想としては、やっぱ、飯村部長さんは、日本のリッチ判事(アメリカの現在の特許制度を作ったといわれている判事)なのだと思います。
正午に大会が終了しました。すぐに空港へ。これから羽田経由で、小松に行きます。とりあえず、空港で博多ラーメンを食べました。山笠も始まっているようで、テレビではその話題というかニュースで盛り上がっていました。15日の早朝が山笠のメインイベントだそうです。大会は大変楽しかったですが、今回は中洲へ行けずに残念でした。あみちゃん、ごめん。
また富士山 2週間で雪がこんなに減った

新しい滑走路がよく見えました。国際線の新ターミナルも相当でかいのが完成間近で、よく見えました

小松に向けて空へ

午前中、NTT-ATの澤井さんがモデレートされた「公共の利益と特許権の対立」がありました。その後、飯村部長さんの進歩性の講義がありました。いつものように大変示唆に富んでいたので、自分の覚書として書き残しておきます。当たり前ですが、飯村部長さんのおっしゃったことに私の主観が加わったもので、文責は私のものです。特にカッコの中は私の感想です。

(1)公開と独占のバランスというが、一つ一つの出願あるいは特許が20年間の独占の価値があるのかという判断をすべきなのではなくて、マスというか多くの出願全体として見たときにそれが妥当なのかどうかを考えるべきだと強く思う。(これってすごい発言です。)
(2)インセンティブが必要である。技術は勝手に進歩するが、それを促進するには特許権者(発明者?)にメリットが必要。(これは僕が大分前から言っているのですが、ほかの裁判官の方に聞くと、それは裁判官が考えることなのか、といった反応が強く、飯村部長さんはここのところこれをはっきりとおっしゃっていて、実務家として心強いです。)
(3)判断手法として、私が一人で勝手な考え方をしようとは思っておらず、特許庁の審査基準の範囲内で、論理の飛躍がないかといった視点で個々の案件を見ている。
(4)進歩性は高い方がいいという人もいるし、低いほうがいいという人もいる。トップランナーの会社にしてみれば、自分の技術のレベルよりも少し下くらいに進歩性の水準が設定されればいいと思っているだろうし、そうでなければ、水準はもっと低いほうがいいということになろう。
(5)庁、会社、弁理士、弁護士が入った進歩性検討会(後で特許性検討会になった)というのがあったが、結論としては裁判所の判断はおおむね妥当であったということになって、私としてはうれしくないことはないのだが、本当にそうかと思う。
(6)外国をみると米国はTMSテストに収れんさせて考えているようだし、ヨーロッパはプロブレムソリューションアプローチでシンプルである。国際調和というのが必要であるとすれば、日本はどうか。複雑すぎないか。上記の検討会で審査基準の内容をまとめたチャートがあるが、進歩性を否定する理由が列挙されており、一つのポイントに引っ掛かっても、進歩性なしの判断になる。以前、私が交通部にいたときには、過失相殺の割合の判断基準というのを裁判所が作って、公表していたが、被告はいつでも保険会社で、例外的な判断の例を集めていて、それを前例として引き合いに出して、自らに有利な流れを作ろうとする。一方、原告にとっては、一生に一度あるかないかの訴訟である。公平を保つために、このような基準は時々作りなおさなければならない。日本の審査基準のような複雑なものであればあるほど、それを律義に適用すると進歩性のレベルは上がるリスクを内包している。もう少し論理的でシンプルな基準を作りたいと思っている。リセットする必要がある。(これは完全に同感で、弁理士会外の委員会では、以前から言っているのだが、最近の記載要件の問題にも関係するが、より精緻に作りこんでいくにしたがって、特許性のレベルは高くなってしまう。どこかで判例の積み重ねあるいは審査基準をリセットしないとまずいです。)
(7)米国のビルスキー判決は大変面白い。直接的には保護対象の話なのだが、いくつか進歩性にも関連した指摘がある。結局、特許性の全体が大事になるのだが、ビルスキーのなかでは、保護対象はなるべく広くとらえて、進歩性で切るという方向性が示されているように思う。
(8)日本の審査基準は複雑すぎて、検証が不可能な要素がはいっている。「~でないこと」が基準になるのはおかしいのではないか、なるべく「~であること」が進歩性を認める基準になるようにできないか考えている。
私の感想としては、やっぱ、飯村部長さんは、日本のリッチ判事(アメリカの現在の特許制度を作ったといわれている判事)なのだと思います。
正午に大会が終了しました。すぐに空港へ。これから羽田経由で、小松に行きます。とりあえず、空港で博多ラーメンを食べました。山笠も始まっているようで、テレビではその話題というかニュースで盛り上がっていました。15日の早朝が山笠のメインイベントだそうです。大会は大変楽しかったですが、今回は中洲へ行けずに残念でした。あみちゃん、ごめん。
また富士山 2週間で雪がこんなに減った

新しい滑走路がよく見えました。国際線の新ターミナルも相当でかいのが完成間近で、よく見えました

小松に向けて空へ
