一橋大学経済研究所・青木玲子教授特許制度の目的特許について講演する青木玲子・一橋大経済研究所教授=守谷遼平撮影 特許はビジネスに必要なもので、イノベーションと結びつくことはあっても、基礎研究と相いれないと思われる方が多い。だが実際には、基礎研究をする人にも、特許のことを真剣に考えてもらわなければならない。 科学や技術への投資で生まれる新しい知識や情報は、経済学で言えば警察や教育と同じ「公共財」にあたる。例えばレーザーを作る新技術は、公開されれば他人が使えないようにするのは困難だ。そして誰が何回使っても、その技術や知識は消耗しない。公共財は、多くの人が安く使うことが社会的に望ましいが、発明には多くの投資が必要なので、投資を市場に任せると投資が少なくなってしまう。 技術開発に投資する場合、その解決法は二つある。一つは、国が特許を始めとする知的財産に関する法制度を作り、他人に自由に使わせない権利を発明者に与え、投資を回収できるようにすることだ。もう一つは、国防や教育のように、政府が基礎研究や技術開発に直接投資し、成果を無償または低い価格で使わせる方法だ。図1 特許は、情報に排他性を与えるのと引き換えに、情報を社会に公開する制度だ。情報の公開には、人材や研究費の社会的な無駄を防ぎ、いち早く社会に技術を普及させる目的がある。他の人が先に特許を取ると、自分が先に見つけたはずの技術を使えなくなる恐れがあるため、基礎研究でも特許の取得は大事だ。なお、特許では、他者を排除しないという選択も可能だ。「特許=排他」ではない(図1)。基礎研究と特許 特許には排他権があるために、情報の公開を進める役割があるにもかかわらず、「自由な発想に基づく基礎研究の発展を阻害する」「反イノベーションではないか」と心配する人がいる。そこで基礎研究と企業の商業化、イノベーションの関係を調べた。 特許は、過去に公表されていない「新規性」、過去の情報からは簡単に導き出せない「進歩性」が、認可の条件となる。特許は、この新規性と進歩性を証明するため、過去の特許と学術論文が引用される。基礎研究に近いほどこれまで特許化された技術が少ないはずで、学術論文の引用数が多いと考えられる。図2 米国では1990年代の半ばから、特許に引用される学術論文の数が急増した(図2)。これは、基礎研究に直結した技術開発の増加を意味する。学術論文を多く引用する特許には、いろいろな分野の特許に引用される質の高い特許が多い。この傾向は、製薬とバイオ関係の企業で顕著だ。米国が政策として1980年代に集中投資し、基礎研究が特許につながったことも関連するだろう。 新製品を多く開発する企業ほど、学術論文を多く引用する特許が多い。つまり、基礎研究に近い企業は質の高い特許を多く取得し、それが新製品につながっている。製薬企業では、特にこの関係性が強い。 基礎研究をもとにした特許は、年数がたってもそれほど陳腐化せず、長期間にわたり企業の売り上げに貢献する,グッチ バッグ。知的財産と国際協調 知財が、ある国の保護を受けるには、その国の特許を取ることが必要だ。しかし、特許は国によって制度が違い、保護する強さも違う。例えば薬品の知財保護に重要な物質特許(化学式の特許)は、日本では1976年、インドでは2005年に認められた。 現在、各国の特許制度を似たものにしようという国際協調の流れがある。一般に、先進国は自国の知財を守るため途上国に強い特許を求め、途上国は先進国の知財を利用して新技術を開発するため、弱い特許を維持しようとする。そこに知財の南北対立も起きるが、その構図は絶対ではない。図3 例えば、ある基礎研究者がレーザー技術で新しい特許を取得し、医療、軍事、光学機器にも応用できるとしよう。特許の保護が強ければ、基礎研究者の取り分は確かに大きくなるが、応用技術者は開発の意欲をそがれてしまう(図3)。 応用が進まなければ、基礎研究者も、特許の利益を受けられない。つまり基礎研究者が製品化を自力でできない場合、特許の保護は弱い方が有利だ。逆に基礎研究者が応用研究を自力でできる場合、特許の保護が強ければ競争者が減り、有利となる。 これを貿易の枠組みに戻してみよう。先進国が基礎研究に専門的に投資し、途上国が応用技術に重点的に投資する国際分業が成立するなら、先進国にとって途上国の強い特許が有利とは限らない。知財の国際協調は、これまで先進国が途上国に強い特許を求めるのが流れだったが、今後は途上国の弱い特許で国際協調する逆転現象が起きるかもしれない。大学の基礎研究とイノベーション政策図4 大学は普通、自分で応用研究することは難しいので、特許を取ることが大事だ。しかし京都大学のiPS細胞(人工多能性幹細胞)作製法のように、特許の一部の技術について基礎研究と同時に応用開発をする、研究の「垂直統合」をする方法もある(図4)。 情報への投資を促すには、知財の保護だけでは不十分だ。知財は社会や消費者の利益となるが、企業は企業利益を優先するので、特許で独占できても企業利益が小さいと判断すれば、投資の意欲が起きない。特にバイオや医療、薬品への投資は社会全体にとって有益だが、企業には多大な投資が必要で、しかも副作用や医療事故などのリスクがある。 そこで、社会や消費者の利益が大きい技術の開発を促す、国の科学イノベーション政策が重要になる。日本では1996年の科学技術基本法の制定以降、2011年から第4期の5か年計画に入った。過去3期は、新技術の開発が期待できる分野に重点的に投資してきた。東日本大震災後の計画となった第4期は、いま解決すべき問題を先に考え、そのために必要な技術開発に投資する方向へと発想が変わっていることにも注目してほしい,モンクレール ダウン。(※図は青木教授提供)青木玲子(あおき・れいこ) 1981年東京大学理学部卒。一橋大学経済研究所助教授などを経て2006年7月から現職,r4i 3ds。09年から総合科学技術会議議員。◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。毎月1回、東京・品川で開いている,SuperCard DS Two。日程や参加申し込みは、セミナーのホームページへ,モンクレール ガムブルー。(2013年1月6日読売新聞)