東温市で暮らしていると、人口がどうこうっていう話がちょっと他人事に感じるときがある。
松山が近いからか、そこまで切実に感じないというか、暮らしの中で直接的な変化を感じにくい。
でも、ときどき南予に行くと、空気の流れ方が違うような感覚になる。
同じ県内なのに、景色も会話も、ちょっとスローで、ちょっと寂しい。
そんなふうに気になって、今回考えてみた。
八幡浜市の人口は、周辺市町村と比べてどう違うのか?
減り方の中身やスピードに、何か特徴があるのか?
それって町のどこに現れてるのか?
はっきりした結論より、自分の頭の中で整理していることをそのままメモしておきたい。
八幡浜だけが特別減っているわけじゃない。でも…
まず最近の数字をざっと見た。
住民基本台帳ベースの人口増減率で、直近1年を比較。
- 八幡浜市:マイナス2.3%
- 西予市:マイナス2.3%
- 大洲市:マイナス2.1%前後
- 内子町:マイナス2.5%前後
- 伊方町:マイナス3.7%前後
ぱっと見てわかるのは、八幡浜だけが極端に悪いわけではないということ。
だけど、特別にいいとも言えない。そこがややこしい。
もう少し分解してみると、見えてきたのは2つの軸。
自然減(出生と死亡の差)と、社会減(転出と転入の差)。
八幡浜市は、出生より死亡がだいぶ上回っていて、自然減が大きい。
一方、社会減は周辺より少しだけマシな年がある。
その絶妙なバランスが、八幡浜っぽいのかもしれない。
港、病院、マルシェが支える「残る理由」
八幡浜の中心に立ってみると、町の形がよく見える。
アゴラマルシェ、道の駅みなっと、どーや市場。
観光客もいるけど、生活の匂いもちゃんとある。
買い物する人、待ち合わせする人、港の風を浴びにくる人。観光だけじゃない。
それから八幡浜港。
宇和島運輸フェリーとオレンジフェリーの九四航路が動いていて、九州との接点になっている。
これがあるだけで、物流も人の動きも全然違ってくる。
そして、八幡浜総合病院。
医療はインフラでもあり、雇用でもある。
町の中だけじゃなくて、周辺から通ってくる人、働く人がいる。
病院のある町には、人が集まりやすい。
だから私はこう思った。
八幡浜は、人口が減ることは避けられなくても、
社会減が少しだけ穏やかに見えるのは、この「生活の中心感」があるからじゃないかと。
道路もそれを支えている。
国道197号と八幡浜大洲道路。
一本通るだけで、日常の移動範囲が広がる。
本当に、道路1本で町の感じ方が変わる。
でも、やっぱり自然減は重たい
ここで、ちょっと立ち止まる。
いくら生活機能が整っていても、出生数より死亡数が大きく上回っていると、町全体の数字は減っていく。
この感覚、統計じゃなくて実感として重たい。
八幡浜は柑橘の町。
海のそばに広がる段々畑、みかん箱を積んだ軽トラ、そんな景色が頭に浮かぶ。
でも、みかんも魚も、人が育ててこそ。
その担い手が減っていけば、農業も漁業も続けるのが厳しくなる。
産業が小さくなると、将来を描きにくくなる。
描きにくいと、家族も増えにくい。
これ、言い切れないけど、そういう連鎖がある気がする。
港や病院があっても、自然減の波を止めるのは難しい。
周辺市町村と比べて見えてきた違い
伊方町:点としての生活圏
佐田岬の灯台、道の駅きらら館、亀ヶ池温泉。
観光拠点はいくつかあるけれど、町の形が細くて長い。
暮らしが「点」になりがち。
伊方発電所という大きな存在があっても、全体の人口を支えきれるかは別の話かもしれない。
社会減も自然減も大きめに出やすいように感じる。
大洲市:便利すぎる町の葛藤
大洲城と肱川のある町。観光の芯がある。
松山道もあって交通も便利。
ただし、通いやすいってことは、出やすいってことでもある。
通学や通勤の選択肢が多いほど、町に残る理由が相対的に薄れる。
社会減が大きく出る年もあって、それが大洲の今の特徴に見える。
内子町:観光では止まらない人口減
内子座や歴史ある町並み。観光資源の質はすごく高い。
でも、それだけで若い世帯が増えるかというと、また別の話。
町の魅力と人口維持は、いつも一致するわけじゃない。
これはけっこう冷たい事実。
西予市:広さゆえの分散と限界
西予市はとにかく広い。
宇和、卯之町、明浜、三瓶。それぞれに生活があって、それぞれに距離がある。
道の駅どんぶり館のような拠点もあるけれど、中心がまとまりにくい印象。
全体としては、八幡浜と似たような減り方の年もある。
生活圏が広く分かれすぎると、人口を一か所で支えるのが難しくなる気がする。
みなっとの風景から見えてくること
日曜の昼下がり、みなっとの駐車場がいっぱいになる。
アゴラマルシェで買い物をして、どーや市場をのぞいて、港で風を浴びる。
ちょっとしたレジャー、だけど生活にも近い。
このにぎわい、八幡浜だけのものじゃなくて、周辺から人が集まっている証拠でもある。
それが町の強さになっている。
でも、そこに住む人が増えるかはまた別。
訪れることと、定住することは違う。
夕方に国道197号を走ると、住宅地の明かりがまばらな区間がある。
車は多いのに、人の気配が少ない。
人を運ぶ道路があっても、
人を定着させるのは、住む理由そのもの。
家、仕事、保育、安心感。それが揃っていないと、町に人は根づかない。
今の時点での答え 八幡浜の人口減は、ちょっと違う構造をしている
ここまで考えてきて、いまの自分なりの仮の答え。
八幡浜市の人口減少は、他と比べて特別でも異常でもない。
でも、その中身は違う。
八幡浜は、港、医療、商業のまとまりがあって、
社会減は周辺よりやや緩やかになる余地がある。
でも、自然減が重くて、最終的には人口がしっかり減っていく。
だから、見た目の減り方が似ていても、背景の構造はちょっと違う。
じゃあ、ここから先どうするか。
もし八幡浜がこれからも踏ん張るなら、
「にぎわい」や「便利さ」を、「住む理由」に変換できるかどうかが鍵。
八幡浜大洲道路の近さを、出ていくためじゃなく、
残るための近さにできるかどうか。
東温に住む自分がこんなことを言うのは、ちょっとおこがましいかもしれない。
でも、同じ愛媛県で、町ごとに違う波を感じると、やっぱり見過ごせない。
次に八幡浜へ行ったとき、私は港だけじゃなくて、
住宅地の灯りにも目を向けてみようと思う。
