昨日いつも仲良くさせてもらってる<自然の輝き >さんのブログ読んで
そして、久しぶりに会った友達(再生不良性貧血)の頑張ってる姿見て
私事だけど、どうしても書きたくなりました。
「ちゅーりっぷさんの強さってどこから来るの?」とよく聞かれます。
今日はそのことをお話させてください。
わたしは、幾つもの奇跡があったから今ここにいます。
大阪大空襲に合いながらも命助かった父と
長崎の原爆投下の日、たまたま祖父の家に行ってて
被爆を免れた母との間に生まれました。これが一つ目の奇跡
4歳の冬、曾祖父の家(酒屋さん)に遊びに行ったとき
酔っ払ったお客さんが湯豆腐の鍋をひっくり返したんです
そしてその鍋がわたしを直撃しました。
わたしは、重度の熱傷(火傷)で病院に担ぎ込まれたそうです。
先生から「助かる見込みはほとんどありません。でも全力を尽くします」と
今ほど医学も発達してなかった 体の1/3を火傷した子供は助かる確率が低い
それでもみんなのお陰で目を覚ますことができました。
初ひ孫のわたしに生涯消えない傷を負わせた曾祖父は
「この子が幸せになるまで死んでも死にきれない」と泣いていました。
だからか、わたしは【火傷】を理由に出来ない、やれない なんて言えない!と思いました。
だってそんなこと言ったら、曾祖父たちが悲しむから
「人にできて、わたしに出来ないことはない!」
「火傷してることを出来ない言い訳にしたくない」
わたしの負けず嫌いは、自分自身に負けたくなかったんです。
いろんなイジメに合いました。
でも、必ず助けてくれる人もいるんです。
そしてこんなわたしでもちゃんと結婚して子供も授かって
火傷のことなんて気にしなくなったころ
火傷したところ(左腕)がなんか変なので、近くの病院へ
先生は慌てて大病院に行くようにと
重度の火傷は、ガンになる確率が高いそうです。
そう、ガン化しかけていたんです。
方法は、皮膚移植しかありません。
「術後1週間は、身動きもできません。
それとリハビリ次第だけど半年は左腕上がりません。」と言われました。
なんでわたしだけ・・・やっとふっきれたのに・・・
そして抜糸の日、左手を見たとき 人間じゃないと
今だから言えるけど、生きていたくない と思いました。
でも、心配そうにしてる息子と母たちの顔みたら負けてられません。
ここで居なくなったら、わたし以上に辛い思いするもん。
ギブスもはずれて、「手上げてみて」と先生
わたしは「絶対上げてやる!でないと母が泣くから」と心の中で
すると、ちゃんと上がったんです。
先生はびっくり(このことは学会に発表されたそうです)
「気持ちで動かしてるんやろなぁ、人間って神秘的や」と先生
傷やこの経験があったからこそ
笑っていよう。って思うんです。
せっかくもらった命、助けてもらった命
ちゃんと生きていきたいって
だって、この世に生まれたこと
今生きてること それこそが奇跡だから
この傷も、神様が「あなたなら越えられるでしょ」と
わざわざわたしを選んだこと これも奇跡。
みんなも、いろんなこと抱えて
悩んで 時には嫌になってしまうけど
どうか、負けないで
どうか、笑ってて
そして、その命を生きて
長々とごめんなさい。
ありがとう。