こんばんは~照れ
港区散策の続きです。

「芝丸山古墳」を見物した後は、「芝東照宮」へ参拝しましたお願い
こちら↑日比谷通りに面した表参道の入口。
古墳からは脇参道から行けるので、こちらは帰りに通りましたが。
読者様にわかりやすいように、表参道からご案内しますウインク
入口すぐは、車も停められる駐車場になっていて。
(たぶん関係者のみニヤリ)
手前で狛犬がお出迎えしてくれるおねがい
上の画像でも写っている、むかって左側の狛犬↓
青々しい緑の枝をまとっている。この枝、桜ではないかしら?
春は桜の花をまとってくれるのかしら?

上の画像では緑に埋もれていて、写っていない、むかって右の狛犬↓
どちらもなかなかステキです照れ

鳥居↓
扁額に注目チュー
”家達“とある。
家達=いえさと
最後の将軍・徳川慶喜の後に、徳川宗家を継いだ、”十六代様“徳川家達氏の揮毫のようですびっくり
緑の先に、社殿が見えましたチュー
手前にある大銀杏。
江戸初期に社殿を整備させた、3代将軍・家光のお手植えと伝わる御神木。前の大戦で消失をまぬがれたもののひとつ。
(社殿はすべて燃えたそうですニヤリ)
氏子さんのお名前の木札かな?
この中に”め組“があったびっくり
御由緒書き↑読むの大変💦

「芝東照宮」は、俗にいう四大東照宮のひとつです。
(他は日光・久能山・上野)
駿府にて還暦を迎えた徳川家康が、自ら命じて彫らせたという等身大の像が御神体だという、由緒正しい神社ですびっくり

家康はその像「寿像」を、駿府城内で祭祀していたそうですが、死に際して、この像を祀る社殿を増上寺内に造くるよう遺言したといいます。

そのため「芝東照宮」は、江戸時代は増上寺内の「安国殿」というところでした。
(安国殿という名は家康の戒名に由来する。現在の増上寺にはその名を受けついだ安国殿があり、家康の持仏と伝わる、通称・黒本尊をお祀りしている)

明治の神仏分離で別れ、今は近くにある「芝大神宮」の兼務社となっているようです。
(HPの連絡先が芝大神宮の社務所になっていた)

手水舎↓
このどっしりした石の水盤に~なんか惹かれたわウインク
本殿↓
御神体の「寿像」は大銀杏と共に守られ、祀られています。
見る機会はありませんが、レプリカが江戸東京博物館にあるらしいです。
”磐座“というのがあったびっくり
〈旭稲荷大善神
    白鳥大善神
    武吉弁財天
日比谷から田村町、そして芝東照宮へ遷座
この磐座は徳川家と小田原北条家の来誼の歴史に関係あると思われます〉
と書いてあるびっくり
なぜか布が掛かっている。
どうゆう来誼じゃあ~ニヤリ

磐座前辺りから見た境内↓
大好きな木の根↓
歌碑・句碑↓
御朱印↓
ランナーの夫に買った御守↓
完走守よ~初めて見たチュー
四大東照宮のひとつだけあって、小さいですが見どころあるお社でした。

この後はいよいよ
増上寺へ参拝ですウインク


お読みいただき
ありがとうございました。