大河ドラマ「 鎌倉殿の13人」
第32話「災いの種」
2022.8.21放送
NHK総合,BSプレミアム
今週はさっそく書いていきます!
以下
ネタバレ
史実バレ
まずは
いつものように
オープンロールをチェック
今週の役名付きの初出演は
平賀朝雅 山中 崇さん
きく 八木莉可子さん
北条政範 中川 翼さん
慈円 山寺 宏さん
でした。
なにもここまで
胡散臭そうな雰囲気にしなくても~といった登場の仕方でした・・
平賀朝雅(ともまさ)
いや~完全にブラック化した
義時くんの敵ではない!
戦意喪失するキャラでした
大丈夫なのか?
牧氏の変
とってもショボい事件になりそうな気が今からしてしまいました。
時政とりくの娘。
年齢からいって長女かな?
時政とりくには女の子が何人もいるはずですが、これ以上は登場せず、とりあえず末っ子の男子・政範だけがご出演のようです。
長男は亡き宗時で、
次男が主役・義時くん。
三男がわたしのイチ推し時房で~
政範は四男。
義時くんと時房は、約12才差。
時房と政範は、約14才差。
時房は母が未詳で、義時の同母とも異母ともいわれますが、政範は牧の方の所生なのがはっきりしています。
北条の跡取りは政範だったともいわれ、義時が江間を名乗っていたのはそのせいだとも云われますが。
政範の生まれは文治5年、 義経が死に、奥州合戦があった年なので。
義時が江間を名乗った時期とはビミョーに・・ズレている?
議論のあるところです
平賀朝雅は頼朝と同じ
河内源氏の一族で
新羅三郎義光の曾孫。
新羅三郎義光とは
頼朝の祖父である
八幡太郎義家の同母弟。
彼から佐竹(常陸源氏)、平賀(信濃源氏)、武田(甲斐源氏)などの諸流が生まれました。
朝雅の父・義信が、頼朝の挙兵以後に、どのような形で参陣したのかは定かでないのですが、義仲軍と頼朝軍が対峙した際に、頼朝方に協力したのでは、といわれています。
早くから源氏一門(門葉)の筆頭として重きを成し、武蔵国の守護などを長く務め、善政したといいます。
妻が、なんと比企尼の三女
(名は伝わっていない)
この女性は、最初に伊東祐親の子・祐清(大河での八重の兄)に嫁ぎ、
死に別れて後に、平賀義信に嫁ぎました。
義信の長男で、のちに薩摩氏の祖となる大内維義は、彼女の腹ではないとされますが、 次男の朝雅は彼女の子。
彼女は、姉の河越重頼妻(比企尼の次女)とともに、源頼家の乳母となったといいます。
比企氏を母に持つ朝雅ですが、その母は比企氏の変を前に亡くなっていて。
朝雅は北条の婿として、能員の死後、比企ヶ谷に攻め入っています。
今回の大河では、そんなシーン
まったくなかったですけどね
京都守護、京都守護と
りく様に 連呼されていましたが、
頼家の失脚で動揺した都の御家人を統率すべく、派遣されるという重要な役目を負っていて~
ただの胡散臭い人ではないはずです
ちなみに京都守護職の初代は時政。
義経探索の際に就任していました。
名前は同じですけど、各国に置かれる守護とは違い、のちにこの役目は六波羅探題と名を変えます。
なので、貴族っぽい人ですけど、ある程度の武士のはずです
(不安になる雰囲気でしたが)
その朝雅が派遣される京には
高貴で猛々しい
後鳥羽上皇がいらっしゃる
初登場の慈円が、
上皇に近侍していました。
同じく
近侍していたのが~ チカヨシ!
誰だかわかりました?
中原親能ですよ~
ほぼ横顔のみ登場で。
慈円と似たような頭巾をかぶって。
三幡の死後、出家して鎌倉を去っていると思ったら~院に仕えているの?でした
13人のひとりが久々の登場でしたね。
中原親能は、三幡の死から約10年後に亡くなっているようですから~その間に院に仕えてもおかしくない。
もちろん鎌倉のスパイよね~
ちなみに、平賀朝雅の後に京都守護に任じられたのは、中原親能の子・季時だそうです。
そうそう。
(また脱線しちゃった)
慈円です。
慈円は『愚管抄』という
鎌倉時代の歴史書を著したお坊さん。
なんと天台座主を4回も務めている
比叡山延暦寺のトップ(貫主)というとなんかお寺のエライ人ですけど、
延暦寺はいわば、当時の先端知識の塊である仏教の総元締め。 天台宗は仏教界のドン
鎌倉仏教の開祖たちも、みんな比叡山でいちどは学んでいるし、
天皇家との繋がりも深い。
僧兵をたくさん抱え、軍事力も経済力もある。巨大勢力です。
(浅はかな知識で書いておりますので違っていたらスミマセン)
そんな権力者ですから、慈円もよい家の生まれで、摂関家出身。
なんとあの九条兼実の同母弟~
上洛の際に頼朝が会っていた人ですよ。
土御門通親↓と丹後局にしてやられて、九条通実は失脚しちゃうのですけど、その後は息子が返り咲くも若死しちゃう。
なので兼実は孫を引き取って期待をかける。
その孫の九条道家の母が、頼朝の姪なんですよ~
頼朝の姪(坊門姫の娘)
=一条高保の娘
=九条道家の母
=慈円の兄・兼実の次男の嫁
大姫の許婚になったことのある
一条高能の姉妹といったほうが
わかりやすいかな?
九条兼実と一条高保は
息子・娘を結婚させているのに仲が悪くて、兼実の失脚のとき高保は、敵の土御門通親の味方したそうです
慈円は、失脚後に政界から遠ざかってしまった兄・兼実のぶんも道家を支援し、朝廷と幕府の融和を模索したそうです。
この道家の子が、九条三寅。
そう
実朝暗殺後に「鎌倉殿」として迎えられる初代摂家将軍・藤原頼経となるのです
おそらく承久の乱が
この大河ドラマのラストクライマックスになると思うのですが。
承久の乱にともなう
朝廷方、幕府方の
血縁関係、敵対関係を把握しようとすると~かなり膨大な量の人間関係を把握しなくてはならず
九条家と一条家のWikipediaだけで
なんか頭痛くなってきましたよ。
兄弟多い!
子供多い!
それがみんな
敵だったり、味方だったり
いろいろで~疲れる
系図好きだから
こうゆうの、好きなのですが。
朝廷方は複雑すぎて覚えられん・・・
きっと三谷さんの大河にはあまり出てこないので、あまり深追いしないようにしなきゃと思います
とにかく。
慈円の出現は
のちのちの三寅登場のための下準備でしょうか。
九条兼実はもう出ないのかな?
今後はだんだんと
vs御家人同士より
vs朝廷になっていくのでしょうか?
すっかりブラックになってしまった義時くんの、鎌倉に居座る存在理由は、朝廷から鎌倉を、
坂東武者の世を守る!ということしかなくなってきていますからね
正義は敵があってこそ、はっきりする場合もある。
すっかり闇落ちした主人公・義時くんの今回のストーリーを、
次回は追っていきたいと思います
お読みいただき
ありがとうございました。